借金の制度化

地方公共団体金融機構(金融資産家・地方公務員)

「ローン」は金融資産を持つ者にとって致命的に重要な制度となっている。利率がたとえ2%であっても、元金は69÷2=34年でほぼ倍になる。

リスクの小さいローンはとても魅力的だろう。さらに、確実に返済される保証がついていれば、言うことはない。「融資」を制度化し、それを国家が保証し、国民が税金によって確実に支払う約束がされている、こんな「融資」制度は金融資産家にとっては、天国に違いない。

一例を挙げようか。

総務省官僚出身の瀧野 欣彌(たきのきんや)は別に金融資産家ではない。ただ地方公共団体金融機構の代表を務めるているだけだ。「地方公共団体金融機構」は、138兆円(平成26年度末)の地方債残高の17%弱を占める23兆円を地方政府に貸付けている。資金運用収益(利息)は2%の4,552億円である。特殊法人であった旧公営企業金融公庫の時代の債権資産が2兆円あり、毎年、特別利益が8,700億円ある。

瀧野 欣彌はどこから資金を集めてきたのか。民間銀行、民間の投資家、さらには地方公務員共済組合連合会つまり地方公務員の加入するすべての共済組合をもつて組織される連合体から金を集めてきた。法と制度によって。

そして、それを地方政府に貸し付ける。そして、利息を取る。誰が利息を払うのか。もちろん、善良な納税者たちだ。

民間銀行(日本国民・一般企業)

さらに地方政府は民間銀行に50兆円以上の借金をしている。利息は誰が払うのか。もちろん善良な納税者。

一般公募(企業・金融資産家)

また地方政府は地方債を発行して、一般公募により債券を発行している。これも約46兆円。誰が返すのか。もちろん、利息を含めて善良な納税者。

郵貯・簡保(日本国民)

また地方政府は郵貯・簡保から借金をしている。約15兆円。誰が返すのか。もちろん、利息を含めて善良な納税者。

財政投融資(国民年金・厚生年金)

最後に地方政府は財政投融資資金から約60兆円弱の借金をしている。原資は国民年金、厚生年金の金だ。誰が返すのか。もちろん、利息を含めて善良な納税者だ。

返しても返しても返しきれない借金で、毎年地方政府予算の10%前後を借金の元利償還で失っている。2%近くは純粋な利息である。地方政府の歳出80兆円とすると、1.6兆円は利息だ。毎日44億円の利息(金融資産家以外には、何の意味もない、何も生み出さないお金)を金融資産家(もちろん、その中には、地方公務員、年金生活者、郵便貯金をしている人も含まれるだろうが、おこぼれは微々たるものだ)に支払っている。

国債(日本銀行)

今までは、地方政府の債務の話だ。国の債務、国債も全くこれと同じ。ただ、規模が違うだけだ。国の借金はすでに1,000兆円を超えている。誰が返すのか。もちろん、利息を含めて善良な納税者たちだ。

「善良な納税者」とは、文句を言わずに税金を払う人のことである。まぁ文句を言ってもちゃんと税金を払えば逮捕はされないだろう。義務的税の国民負担率は45%を超えている。所得の半分近くを税金及び社会保障で持っていかれる。どうして。もちろん、利払いのために。誰に持っていかれているのか。もちろん、利息を取る人々にだ。私たちの暮らしから、利息を除外することはできない。何をするにも、どんなものにも利息が含まれているからだ。商品を購入してみよう。それには、消費税のみでなく、商品の製造費用の中に、すでに利息の支払いのための費用が含まれている。公共施設を利用してみよう。その建物の建築費の中にも、利息が含まれている。家のゴミを出してみよう。ゴミの収集のための費用にも、利息が含まれている。私たちの生活は、利息から逃れることはできない。そのような制度になっているからだ。

労働市場の自由化によって、非正規雇用労働者は40%近くに達し、年収200万円そこそこの所得で、年金の支払いを義務付けられる。この国による「融資制度」のためだ。

しかし、これは、国が法律によって定めた制度によって守られている仕組みである。法と制度は優しい顔をしている。鬼のような顔をして、借金を強要し、利息を奪っていくのならば、事態はもっとはっきりするのだろうが、日本国民はおとなしいから、そう簡単には取り乱さないし、第一、法と制度とは喧嘩にもならない。極悪非道な悪人が、それらしく、悪いことをしていれば、誰でもすぐ気付くのに、現実の時間は「普通」に流れている。国と官僚と企業と金融資本が渾然一体となって、強固に築いているこの融資制度に比べれば、闇金の取り立て人は、比較的「正直」に商売をしているとも言える。「非道」がわかりやすい形で現れているからだ。

そう、誰も文句を言ってはいけない。そういう国に生きていると言うことだ。融資を制度化していない世界の住民が見たとき、「善良な納税者」が「奴隷」と呼ばれないことを祈るのみである。