美浦村の財政の姿と将来の財政運営について一村民としてのぞむこと

 美浦村の財政の姿を俯瞰するために、全国の地方の状況を歴史的な観点に立って話を進めたいと思います。それは、「何故わたしたちはここにいるのか?」という疑問への回答になるからです。 

まず、下の図をご覧ください。棒グラフの部分です。

日本の地方公共団体の債務が明らかに増加傾向を示したのは、平成4年(1992)からです。そして平成16年(2004)にピークをむかえ、それ以降ほぼ200兆円規模のまま横ばい状態を続けています。

当然ですが、そもそも、債務(借金)は資本主義経済体制の中では、何も悪いことではありません。潜在的に経済成長の要因があれば、そこに資金を注入(投資を)して、潜在的成長力を顕在化し、経済成長を促し、国民に豊かさを還元するという仕組みこそ、資本主義経済の本来の仕組みですから、投資=債務(借金)=経済成長=国民の富、という流れが生まれることが本来の経済活動であるはずです。ただし、公共団体は民間企業と違って、経営者=住民という性質を持っています。それに反して、民間の経営者は、民主主義の社会においては不思議なことですが、独裁者であり、民主的な経営を行う企業は非常に稀です。民間企業であれば、利潤は企業の存続のために考慮されますが、公共団体は利潤を生み出して、組織を存続することが目的ではなく、あくまで住民の福利厚生のためにあるのです。地方公共団体の存続が優先されるならば、それは本末転倒です。すなわち、公共団体の活動は、即、住民の幸福につながるものでなくてはなりません。

そこで、問題となるのは、平成4年以降の地方の債務の増大が、住民の福利厚生のための投資であったのか、そして住民はその施策の恩恵を享受できたのか、ここが最大の評価ポイントになります。つまり、地方債は住民の福利厚生のために使用されて、その恩恵に与ることができているのか、この点を評価することが、ここでのポイントになります。

平成4年(1992年)という年はどういう年だったでしょうか。下のグラフをご覧ください。平成3年(1991)から平成5年(1993)にかけて、私たちが経験したのは、異常なバブル景気が弾け、平成不況と言われる「失われた20年」の始まりの年でした。「失われた20年」の始まりと、地方債残高の急激な伸びの時期が見事に重なっています。

不況の始まりと地方債発行額の伸びが一致しているということは、「不況に対処し、経済の活性化を図るために、財政出動を行なった」と見ることもできます。しかし「不況」ということについて、ここで、ちょっと立ち止まって考えて見ましょう。

そもそも、「不況」はなぜ起こるのでしょうか。それは、台風のようなもので、日本の地理的条件に当てはめて説明すると、赤道方面で発生した熱帯性低気圧が、日本の上空に存在する偏西風に乗って日本にやってくるといったような、いわゆる自然現象なのでしょうか。諦めるしか他に方法のない、ある意味、仕方のないことなのでしょうか。もし、そう考える方がいらっしゃるとすれば、大変失礼ですが、それは太古の昔に雷鳴におののき、カミナリは雷さまが雲の上で大きな太鼓を鳴らしているのだと想像していた敬虔な原始人とそう大きく変わるものではないでしょう。

「不況」という現象は、決して自然現象のような避けることのできないものではなく、一意的にその原因を特定できないとしても、必ずその原因となる人為的な働きがあります。不況あるいは好景気が起こる大前提として、現在、世界であまねく行われている「中央銀行制度」という人為的な構造がありますが、この制度と大きな関係を持っているのです。

この「中央銀行制度」のもとで、実体経済に基づかない株式や証券取引が行われると、人間の欲望が最大化(強欲化)されて、虚の経済が実体経済の足を引っ張るようになります。虚の経済は、その名の通り、虚しい経済ということで、無から生み出され、無に帰する、そういう経済を言います。虚の経済は、欲望という人間心理をエネルギーにしているので、ちょっとした出来事が人間心理の変化を通して社会経済に大きな影響を及ぼしたり、ちょっとした「言葉」が人々の思惑に作用することで、簡単に「無」に帰してしまうのです。そういう経験を現代の私たちは、1929年の第一次世界大恐慌で経験したし、2008年にも第二次世界大恐慌という形で経験したのです。

そして、それを心理的にも、貨幣量という実物的にも大きく操作できる人々が金融を直接に操作できる人々、つまり、中央銀行に関わる人々なのです。その裏で操る黒幕がいるのかいないのか、真の支配者の実態は、不明のままですが、実際に表立ってこれらの金融政策を操作する人々は中央銀行の政策担当者であったり、国の財務官僚であったりします。

明らかな例を一つあげれば、「前川レポート」にそれを見ることができます。

前川レポートとは、昭和61年(1986)4月に、当時日米間の最大の外交問題となっていた日米貿易摩擦問題の解決のために、中曽根康弘総理大臣の諮問に基づいて、「経済社会の構造及び運営に関する施策のあり方を検討した」として発表されたものです。日本がバブル景気に浮かれ始めたころのことです。当時、レーガノミックスの結果として双子の赤字で「苦しんでいた」アメリカから巨額の対米貿易収支黒字を計上していた日本に強行圧力が掛かっていた、そうした時期に日本側からの回答として、出されたという経緯もあります。本報告書では、日本の大幅な経常収支の不均衡の継続は、日本の経済運営及び日米の経済の調和ある発展という観点からも危機的状況であるとして、内需主導型の経済成長を図ることで、経常収支の不均衡を解決し、 また、その具体策として、市場原理を基本として、輸入の増大を図り、内需を拡大すべし、といったものでした。

その一環として地方公共団体にも、宅地開発要綱の緩和、用途地域、容積率の見直し等を行い、さらに地方自治体自身による資本形成の大幅な増加を図ることが内需拡大の効果を全国的に広げるためには不可欠の政策である、と報告されています。

そのためには、地方債の活用を促進して、地方単独事業を拡大し、社会資本の整備を促進する、と謳っていたのです。市場開放、規制緩和及び金融自由化などが柱になっており、その後の日本の経済政策の基本方針として謳われています。

1989年(平成元年)から1992年(平成4年)にかけて行われた “Structural Impediments Initiative” (故意的に誤訳されていて「日米構造協議」などと翻訳されていますが、原文のどこにも協議 “Consultation” などという字句は見当たりません)、1993年(平成5年)から1999年(平成11年)にかけて行われた「日米包括経済協議」 "U.S.-Japan Framework Talks”、そして1994年(平成6年)から2009年(平成21年)にかけて「年次改革要望書」 ”The U.S.-Japan Regulatory Reform and Competition Policy Initiative”(正式には「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書)等々、1984年(昭和59年)の日米円ドル委員会に始まる、官僚機構というより法律事務所や経営コンサルタント事務所に近いと言われるアメリカ合衆国通商代表部が主導してきた、これらの日本への圧力に、日本側は連戦連敗状態で、いまやそれらのアメリカの要求は、日本の官僚の中で、あたかも自らの意志であるかのごとくに、内面化されてしまっているのです。その意味では、これらの日本改造を米国による圧力のせいだけにしてしまっては、問題の焦点をぼかしてしまうことになります。日本の指導層自らが自らの意思で日本を「改造」してしまったのです。もちろんその裏には、米軍のプレゼンスに依拠している日本の外交安全保障政策というものが影響していることもあるに違いありませんが、何よりも重要なことは、日本の指導層が、自らの国を改悪することも辞さない、そうした精神構造を深刻なまでに内面化してしまったという事実そのものなのです。

具体的政策としては、アメリカの要求に応える形で、10年間で430兆円の公共投資を中心とした財政支出の拡大や民間投資を拡大させる為の規制緩和の推進などの約束及び実施を行ったのです。そして、この報告書の内容は、5年後(1991年)のバブル崩壊という経済ショックと同時に、確実に実行に移されていったのでした。ショックドクトリン(ナオミ・クラインの造語)そのままの処方箋に従って行われたといって良いと思います。ショックドクトリンとはカナダの経済学者、ナオミ・クラインが明らかにした、肉体的ショックによって、人間の精神を操作しようとした、アメリカの諜報機関の精神医学的研究のことを指しています。ここでは、日本に「バブル崩壊」という「肉体的ショック」を与えることで、日本の経済構造をアメリカ式の経済構造にマッチするように改造しようとしたことを指しています。日本銀行がこのショックドクトリンを主体的に実行したという事実に関する研究は、リチャード・A・ヴェルナーの『円の支配者』(誰が日本経済を崩壊させたのか)という本で、明らかにされています。

私たちは「バブル」に踊らされ、その次は「痛みを伴う構造改革」に踊らされた、というわけです。

下の図は日本国債発行残高の推移を示したものです。上に掲げた地方債の発行残高の推移と併せてご覧になれば、バブルの崩壊(平成3〜5年)以降、日本国債も地方債も見事に共同で歩調を合わせ増加している様子がご覧になれることと思います。

さらに、アメリカの要求による日本の内需拡大の地方版として、地方公共団体に宅地開発計画の拡大が求められた結果、本村でも宅地開発が行われ、それに伴い人口も平成2年(1990)頃より、平成9年(1997)にかけて急激に増加の一途をたどりました。人口の増加は、一見、地域の発展のように見えます。しかし、それは地域の内発的な動機に基づくものというよりは、ここでは、アメリカの要求による日本の内需拡大=貿易黒字の解消=国内の債務(個人、地方公共団体、国の全ての債務)の増大=輸入量の増加=ドルの還流=アメリカ経済の安定化=ドルの強化というアメリカが企図した世界経済戦略に、見事に合致しているのです。そして現在も、「異次元の金融緩和」によって、ドル体制を日本は主体的に支えている状況は続いています。

下のグラフの1991年(平成3年)以降の名目GDPの推移をご覧ください。バブル経済で右肩上がりだった日本のGDPは1995年(平成7年)をピークとして、500兆円あたりをフラフラしているだけですが、アメリカのそれは、2008年のリーマンショック時を除いて、着実に上昇傾向にあります。世界の通貨発行権を握るアメリカの強さを如実に描き出しています。

名目GDP(USドル)の推移(1980~2017年)(アメリカ, 日本)

地方債の発行とその増大は住民の福利厚生のために使用されて、その恩恵に与ることができたのかという疑問の答えとして、残念ながら、平成4年以降の地方債の発行とその増大は、住民の福利厚生のために使用されておらず、その恩恵に与ることができていなかった、という結論になります。それでは、これだけの借金は、一体何に使われたのか。大変興味のあるテーマですが、ここでそれに触れる余裕はありません。

地方債の残高増加と同じ傾向は、美浦村の人口の変化にも、同じ構造を見てとることができます。平成3年頃(1991)から人口は増加しはじめ、平成9年年(1998)頃にはスランプに入ります。

 それでは、他方で、同時期の税収の伸びはどうなっていたでしょうか。同時期(平成3年から平成9年)を中心にそれを見ると、平成3年に26億円だった税収(自主財源)は、平成9年には37億円近くに1.4倍近くに増えています。そして、この年をピークとして、35億円、32億円、30億円と次第に減少し、平成20年にはとうとう30億円を割り込んで、28億円、27億円、26億円と次第に落ち込み、平成27年には24億円へと平成3年以前の水準に下落してしまいました。(下のグラフの青い棒グラフは人口、右肩上がりの赤い線は累積債務残高を表しています。データを完全に収集できていないので、所々にデータの欠けがあることをご了承くだい。)

 美浦村の人口はバブル景気前の昭和61年(1986)に1万4千3百人台だったものが、平成16年(2004)のピーク時には1.3倍の1万8千6百人に増加しています。人口の動態は、景気の変動のように敏感に変わるものではありません。経験的に見れば、人口の変動要因が発生してから4、5年のギャップが生じます。それは、大きなものが動くように、最初にゆっくりと、しかし一旦動き出すとその質量に比例して、変動は急激に加速度を増してゆきます。

 さらにその内容を詳しくみると、この人口動態の変動と現在の税収の落ち込みには深い関わりがあります。つまり、本村で人口が増加したバブル景気の崩壊時期(1991〜1993年)は、働き盛りの若い世代(30歳代から40歳代)が都市部での地価の高騰の影響で、地方に流出しました。一方受け入れ側の地方には、流入してきた世帯によって、当然税収は上がりますが、その世代がやがてリタイア(50歳代半ば、あるいは60歳代後半から70歳代)し、年金その他の補助的な収入で生計を得ていくようになると、人口数に比較して、税収は上がらないという当然の結果となります。

この時点で、本村の財政運営に対する基本姿勢を変えなければ、当然立ち行かなくなってしまいます。人口の数だけではなく、その中身が変わってしまっているからです。ですから、本村のような地方自治体の人口減少には、数の減少と所得の減少という複数の要因が掛け合わさって、財政的に非常に危機的な状況を迎えることになります。税収と歳出に対する考え方を希望的観測を捨てて、厳しくみていかない限り、大きな財政的負担を村民に負わせるばかりでなく、財政破綻という最も望ましくない結果を迎えることになってしまいます。

以上、1995年以降の日本の経済政策が、アメリカの要求に従った外交的配慮にばかり焦点を当て過ぎて、アメリカ型の経済体制の構築に向けた「構造改革」の影響を大きく受けていることがご覧いただけたと思います。そうした「構造改革」が、決して日本の富の増大、国民の福利厚生に寄与していないこと、そして、それは、わが美浦村をはじめとした地方の経済、財政にも大きな影響を与えていることが明らかに見えてくるのではないでしょうか。

そして、このような大きな変化をもたらした重要な要因は、実は1991年のソ連邦の崩壊という、戦後45年近く日本の経済発展に裏付けを与えてきた「冷戦構造」の崩壊にあるのは単なる偶然ではないのです。つまり、「ソ連という敵を破ったあとに残るのは、日本という経済的主要敵国である」、「アメリカは日本の経済発展を望まない」という同盟国アメリカの日本に対する認識の変化があるということです。その認識の変化は、具体的には、日本の富の簒奪と、日本の経済体制をアメリカに有利なアメリカ型経済体制へレジームチェンジするという具体的な施策として現れているのです。日本はバブル期に強力になった「円」を使って、アメリカを買いまくりました。三菱地所によるロックフェラーセンターの買収劇を覚えている方もいらっしゃるでしょう。1989年10月三菱地所ロックフェラーセンターを約2,200億円で買収しました。バブル景気期の成金的な「ジャパンマネー」による海外資産買いあさりの象徴的な例です。アメリカは、日本を「許容できない敵」と見なし始めたのです。現在、アメリカが中国の「元」に対してとっている懲罰をも辞さない態度を見れば、当時アメリカが「日本円」に対して抱いていた感情は理解できるのではないでしょうか。

 さて、以上見てきた、日本経済の歴史的な考察に立った時、最も下位に存在する地方の財政運営に対して、どのような基本姿勢で臨むべきなのでしょうか。

 これに対する答えを考える前に、ゴールについて考えて見たいと思います。つまり、地方公共団体が、現在および将来の動向を見据えて、今後のあるべき姿はどのようなものであるべきなのか、という問題を考えて見ましょう。

 まず第一に考えるべきことは、地方公共団体の存在意義です。なぜ地方公共団体があり、それは日本という国のあり方全体の中で、どのような位置を占めるべきなのだろうか、という問題です。

 人々が暮らす社会生活の単位は、集落、部落、区、市町村、地域、県、地方、そしてそれを束ねるものとしての国があります。こうした地域の単位それぞれに、その地域の自然、地理的条件、文化、習慣等の様々な個性的な違いがあり、それを一律で治めることの弊害を考慮して、地方自治という考え方が生まれました。

その一方で、「地方」に対する概念として、「中央」という概念がありますが、「中央」–「地方」という軸で「地方自治」を考えて見ましょう。「中央」と「地方」とが国家に対して、共同で果たすべき役割として、近代政治概念の中心思想である「立憲主義」を裏付けるものとしての「地方自治」というものがあります。つまり、「地方」も自立した一個の法人として、自立し、自由にその地方の課題に立ち向かい、地方住民の福利厚生を一層増大させることを通じて、立憲主義の発展を根拠づけるという大きな仕事を担わされているのです。「地方」が「中央」の統治に完全に従属してしまうようでは、国の根本的な政治理念である、立憲主義と民主主義を損なってしまう。つまり、地方自治体とは、国の根本的な統治理念である立憲主義と民主主義を涵養する重要な役割を担っていることになります。地方が自由で、生き生きと活発な活動を行ない、立憲主義と民主主義を発展させていく、その裏付けとなる非常に重要な役割を担っているのが、「地方財政の自立」です。「中央」のお金によって、「地方」が誘惑、誘導、制限、許可を受けるような状態では、地方自治、立憲主義、民主主義を本当に根付かせることはできないでしょう。そうした意味で、地方財政の自立は非常に重要な意味を持っているのです。「電源立地地域対策交付金」という名目の麻酔薬でふらふらになった地方自治体がどのような運命を辿るのかを、非常に残酷な例を出して恐縮ではありますが、3・11という災害を通して私たちは嫌というほど目の当たりにさせられたのです。

 人間の身体組織を健康に維持していく上で、「痛み」が重要な役割を果たしてくれているのと同様に、失敗や破産は、社会の中で活動する組織にとって、間違いや不正を正してくれる非常に大切な現象です。もし、何をしても失敗しない、あるいは破綻しないような組織があれは、それは他に依存して生きながらえていることであって、健康な社会を維持していく上で、弊害となるばかりでなく、社会全体の自由と民主主義に反し、それに依拠する立憲主義にも反することになります。

 この失敗や破産に対する心理的な恐れが、地方自治体にあっては、国への依頼根性を生んでしまう恐れがあります。しかし、国に依存することは地方自治を衰えさせることに繋がるばかりでなく、地方自治体の存在意義そのものを失わせてしまいます。したがって、この失敗や破産へのおそれという心理的萎縮傾向を自覚的に克服して、地方の自力自助、地方の真の自治を実現していく覚悟が、財政運営当局だけでなく、各地域にくらす住民一人一人に求められているのだと言えるでしょう。この「痛み」を素直に直視して、自身の免疫機能を高めるべく必要な処方箋と治療を施していくことが、当面の課題となってきます。

さらに、地域の自力自助、真の自治を目指す上で、具体的に目指すべきことは、地域に降り注ぐ太陽の恵み、その土地の土壌の恵みによって生まれたものは地域の中で循環させること、地域に生まれ、あるいは地域に入ってくるお金は、地域外へ漏らさず、地域内で循環させること。エネルギーの循環と必要な量の貨幣の循環、この二つが具体的な方針となるべきではないでしょうか。そして、個人の生活でも収入に見合った、自分の身の丈にあった経済生活を送るべきは当然のことであって、それは、組織体としての地方公共団体でも同じであると思います。これは決して、地域を閉鎖的に捉えることではなく、自立した地域を前提として初めて、地域同士のネットワークを通じて、真に自由で民主的な立憲主義が構築できる、その前提条件となのです。

そうであるならば、私たちが目指すべきゴールは、住民一人ひとりがしっかりと自立した上で相互に連携し、自分たち自らを治め、地方自治体の首長をはじめ、職員一同と一体となって、日本の中で健康で有機的な一部となるよう、財政の裏付けを持って活動していく、そんな姿なのではないでしょうか。

一度、静かに立ち止まって深呼吸しましょう。自分自身の内側に深く入っていって、自己の免疫機能を高めること、つまり、本当に今、美浦村に必要なことはなんなのかを見つめてみましょう。そうすれば、美浦村が美浦村だけで自立して生活している姿が見えてくるのではないでしょうか。

美浦村は実に豊かです。北には豊富な水源を誇る霞ヶ浦があり、比較的温暖な気候に恵まれ、人々は穏やかに暮らしています。地形は適度に起伏に富み、土地は豊かで、太陽のエネルギーも溢れています。霞ヶ浦を渡る風は心地よく肌に触れ、霞ヶ浦から生まれる水蒸気は、村の緑に適度な湿り気を与えてくれます。人間の暮らしの基本要素である、衣食住で言えば、外から持ち込む必要のあるものは、着るものと住宅の基本的な資材くらいで、日常の暮らしに必要なものすべてに恵まれています。

目を転じて美浦村の現状を考えた時、その最大の「痛み」は、貨幣量の絶対的不足です。その不足を外から注入してようやく生きながらえている状態です。貧血状態を骨髄の自然な造血作用に任せずに、人工的な輸血によってまかなっているのです。これは、生命体組織として自然な状態とは言えません。

♪「道路」は社会の血管で、流れるお金が血液なら、自然に起こる貧血症♪という歌があります。

「道路」=基準財政需要額(「道路」は自治体の設備全体の大きさを比喩的に表したもの)

流れるお金=基準財政収入額(「流れるお金」は貨幣量のこと)

骨髄は国と地方の法人・個人の活性度のことです。

税収の面から歴史的経緯を探ってみると、下のグラフで明らかなように、バブル景気で所得税は一気に増加し、その後バブル景気崩壊以降、一時期の消費税を除いて、国の税収すべて下降傾向を示しています。消費税と一般税収の伸びが反比例していることから、消費税増税は一時凌ぎの対策にしか過ぎないことは、下のグラフで明らかです。

つまり、人間でいえば、骨髄の機能、造血機能が衰えていることがわかります。この傾向は今後も大きな変化は望めません。そして、生物の成長に必須の現象である細胞分裂、つまり人口の増加も望むことはできません。企業経営でいえば縮小均衡が求められているといえます。最も難しい経営管理になります。拡大均衡策は最も容易で、見た目にも勢いがあって勇ましいのですが、今までと同様の拡大均衡の運営方針は、もはや現状にマッチしていないということを切実に認識すること、これが「痛み」を感じることの意味です。現実をしっかりと受け止めることからしか、真の解決は導くことはできないのです。

縮小均衡を目指す上で最大の障害は、昨日までの成長の結果であった大きな体と、成長の糧であった投資に対する利息の負担増です。今までのように成長していかないのですから、今までのように返済していくことはできません。しかし、利息はそれとは関係なく、指数級数的に累積していきます。つまり、体を小さく保ちながら、利息を今までのように返済していくには、どのような方策を取れば良いのか、ということになります。

現在の債務貨幣制度の中で、縮小均衡を目指し、元利償還していくということは、本当に大変なことです。まさに地獄の苦しみです。今の貨幣制度の中で、考えられることは多くはないかもしれません。財政的余裕を生み出し、その中から返済していくしかないからです。利率変更を含めて、リスケジュールすることが必要となるかもしれません。基本方針はプライマリーバランスをプラスにすることです。しかも、難しいのは、プライマリーバランスを好転させようとして安易に緊縮財政策を取ることはかえって財政悪化をもたらしてしまうという現実です。緊縮財政政策にプラスして新たな債務を起こすことは、死に至る病に導きます。その例は、ブラジル、アルゼンチン、メキシコ、ロシア、イタリア、アジア各国、スペインと至る所で見られました。緊縮財政政策と新たな債務に加えて、自由主義的規制緩和を付け加えれば、それは死に至る病どころか、病人に青酸カリを投与するようなものです。コンセッション方式を含むPFI(Private Financial Initiative 公共施設等の建設、維持管理、運営等に民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用すること)など、とんでもない発想です。インフラと利潤追求とは根本的に矛盾した概念なのです。儲けが出なければ撤退する、これが利潤追求を目的とする民間企業の本質であり、資本主義体制のもとでそれは当たり前のことですが、公共事業体にこのような戦術は許されません。根本的な発想の変革が求められているのです。

具体的な方策を考えてみましょう。

一つには、昨日まで行っていたことで、明日も続けて行っていいのはどれか、捨てるべきものは何か、体を小さくする、つまり身軽になるために、捨てるものは何かを選択し、それを毅然として実行する。そして、捨てずに残された限られた資源をどこに集中すべきかを決定することが必要となります。

その意味で、遊休施設を減らすことは、こうした取り組みの第一に挙げられるものでしょう。施設の拡張は、今は行うべき時ではありません。その意味で、公共下水道事業は事業規模を縮小させるべきです。そして、今ある施設の有効活用、すなわちすでにある下水道設備への各世帯の接続率を向上させることが重要であり、そのためには数値目標を設定して、常に数値でチェックし、目標達成に向けたアクションを常時行うようにすべきです。具体的に言えば、線路延長の拡大(下水道の整備率の上昇を目指すなどの施策)をやめ、いまある管路に対する接続桝設置の拡大にシフトすべきです。そうしなければ、そもそも接続率が上がりようもありません。接続率向上の為のインセンティブを住民に与える必要もあるでしょう。すでに浄化槽を利用している世帯が多いのですから、浄化槽の付近に公共の接続桝を設置することです。浄化槽を利用しているということそのものが、下水道施設整備の開始ギャップを表しているのですから、そのギャップを縮めることは公共桝の設置によって補うしかありません。そもそも、美浦村における公共下水道事業計画が策定されたのは、1995年(平成7年)だそうです。許認可等の取得手続きを終えて、実際に事業に着手したのが、2000年(平成12年)です。この時点で、人口はピークを迎えていて、各世帯は浄化槽設備の設置を前提として暮らしはじめていました。この段階で、下水道を整備し、施設を有効に稼働させるためには、浄化槽から直接放流への切り替えの具体的戦術を立てていなければならないのです。このギャップに対して、公共下水道事業関係者はどのような対応を取ったのでしょうか。今は、不明です。このギャップもわが美浦村が抱える「痛み」の一つなのです。

接続率向上のための接続桝設置拡大、このための財源には、新設管路整備の財源を振り向けるべきでしょう。さらに管路拡大施策の中には、公共下水道管埋設跡の道路整備費用も含まれているでしょうから、その財源も接続率100%となった地域から、根本的な道路構造改良のための財源として当てることができるでしょう。すなわち、下水道接続率100%となった地域は、明かり堀の側溝は不要になりますから、家庭排水も路面排水もすべて地中管に合流式で導水することが可能になり、側溝がなくなれば衛生環境の向上に、また地区の道路通行上の危険要素の除去にもつながります。

いまある施設の確実な質の向上を目指すべきで、それは遊んでいる施設をなくすこと、施設の維持管理にかかる費用に対して、収益効果を確実に上げることが施策の第一眼目とならなくてはなりません。

また、小学校施設、保育園、養護老人ホーム等の施設を一箇所に集約して、効率的な維持管理の方策を探ることも必要なことです。老人を離れた施設に隔離するのではなく、小学校、保育園と融合させて、働く住民の留守を預かり、子供と老人がともに近い空間で同じ時間を過ごすような環境を作るということは、施設の集約化という効果だけではなく、教育的見地からも検討されてしかるべきではないでしょうか。

次に「電気事業会計」について考えてみたいと思います。

電気事業は平成25年度に開始されました。初年度は費用3千万円を用意し、事業に必要な用地を財務省から取得しています。資本投下が一段落した、平成27年度時点での純損益は、2千5百万円で、7億1千2百万円の借金があります。平成28年度の電気事業会計の決算はまだ発表されていませんので、詳細はわかりませんが、ほぼ1億円の売電収入に対して、減価償却費を含むコストは約5千万円として5千万円くらいの営業利益は上げていくのではないかと思われます。売上総利益の売電収入の1億円ですが、自然相手の太陽光ですから、年度によって多少の増減はあると思います。平成27年度で発電量266万kwhに対して売電収入は約1億4百万円ですから、1kwh当たり39円で東京電力に買い取ってもらったという計算になります。非常に利益率の良い事業のように見えます。

問題があるとすれば、それは太陽光発電の「2019年問題」といわれているものです。つまり固定価格買取制度(FIT)の制度適用から10年後の2019年には終了してしまう、という問題です。これは太陽光発電をしている出力10kw未満の一般家庭にとって、大きな問題ですが、期間こそ違うものの、10kw以上2Mw未満の発電事業者にとっても、買取期間20年間は優遇されている買取価格(調達価格)も、調達期間終了後には、大幅に下落することが予想され、売り上げ収入の大幅な減少(約75%下落)が事業運営に大きな影響を及ぼすだろうという問題です。

経産省の(自然エネルギー)調達価格等算定委員会第30回(平成29年9月28日)の配布資料によれば、2MW以上の太陽光発電所に係る調達期間は20年間、その後の調達価格は入札によって決定されることとされています。我が美浦村のメガソーラー発電所は出力1.98MWのため、この入札制度の対象にはなっていないものと思われます。調達期間は20年で、平成27年(2015年)3月発電開始なので、2035年まで調達期間とされ、ほぼ今のまま(21円+税/kWh)の買取価格が継続することになっています(ただし、算定価格委員会の決定により下がる可能性はあります)。平成27年(2015年)の発電実績は2,661,286kWh、売電収入は1億360万円なので、1kWh当たり、38.9円の売電収入を得ているという計算になります。電気事業計画は20年の使用を念頭に置いているのではないかと思われますので、事業計画期間中の買取価格は保証されているということになります。ただ、2035年以降は買取価格の保証はなく、ほぼ4分の一くらい(10円/kWh)にまで落ち込むことは十分考えられます。その時の事業モデルをどのように策定していくのかということは、今から検討しておく必要があります。

7億円の借入を資金として20年計画の事業をはじめ、毎年1億円の売り上げを上げ、コスト5千万円で差し引き5千万円の粗利を上げている事業が利率5%で返済をするためには、毎年均等払いとして計算すると、5千6百万円の返済を20年間しなければならないことになります。7億円の借金に対して元利償還金総額は11億2千万円、元金の約1.6倍になります。利率が4%になっても、毎年の公債費は同じだとして、元利償還期間は17年、総額9億5千万円になります。

現在のところ、電気事業の粗利率は50%ですから、超優良企業のように見えますが、それでも、元利償還金の負担は大きく、さらに20年後の事業モデルが不明のままで企業経営を続けていくことはできません。しかも、この優遇されている調達価格は、東京電力が自腹を切っているわけでは勿論ありません。一般の電力消費者に「再エネ発電賦課金」として、1kWh当たり2.64円負担させているのです。つまり、超優良ビジネスモデルと見えるものは、一般消費者の負担により支えられているということが言えるのです。

そもそも論を言えば、太陽光は自然の恵みそのものであり、その恵みは誰か特定の人が独占してしまっていいものではありません。上記の「超優良ビジネスモデル」は、その内容から見れば、資金のあるものが、資金のないものの負担の上に、ますます儲けるという、歪んだ面も否定できないのです。そうした視点を踏まえて、予想される20年後の事業収入の落ち込みも同時に考慮するならば、村に降り注ぐ恵みから生み出されたエネルギー(電力)は村民のもとに還元されてしかるべきだという発想が生まれてこないでしょうか。

現在、一般の電力消費者が電力会社に支払っている電気料金は、「再エネ発電賦課金」を除くと、おおよそ1kWh当たり28円から17円(いずれも内税)くらいではないかと思われます。発電事業による収入が20年後には25%に落ち込むことが予想される、自然の恵みは村民が共有する、こうした二つの視点から、今から美浦村メガーソーラー発電所で生み出される電力の売却先を、電力会社から村民へシフトするというモデルチェンジを図ってみてはどうでしょうか。言い換えれば、電力も道路や上下水道のようなインフラと同じだという考えに立ち、住民サービスの一環として、事業を組み直してみてはどうだろうかということになります。送電網だけをリースして、美浦村で生まれた電力は、その恵みの第一の享受者であり所有者である村民が利用する。その料金も22円程度で設定すれば、村民の負担は増えるわけでもなく、美浦村メガーソーラー発電所の20年後の売電収入の落ち込みも回避することができます。

年平均240万kWh生み出される電力が、30年間(想定される太陽光パネルの実質耐用年数)で生み出す電力の合計は、7,200万kWhになります。減価償却費や借入金返済を除き、消費税を含む実質的な営業費用(850万円/年×30年)と元利償還金11億2千万円を合わせると、発電に要する費用の総計は、13億7千5百万円になります。つまり、1kWh当たり19.1円で電力を供給できるという計算になります。ソーラーパネルの出力逓減率を考慮して、仮に30年間の出力平均を年間出力250万kwhの85%とした場合、212.5万kwh×30年=6,375万kwhとなりますので、13億7千5百万円を6,375万kwhで割ると、21.6円/kwhとなります。それでも村民に充分納得してもらえる料金設定は可能なのではないでしょうか。

いかがでしょうか。検討してみる価値はないでしょうか。

次に歳出項目の中から、民生費の児童措置費(児童手当)について考えてみたいと思います。

「児童手当」とは美浦村のホームページに以下のように施策の目的が記されています。

「児童手当は、子ども手当と同様に次代の社会を担う子どもの健やかな育ちを社会全体で応援するという趣旨のもとに、子どもを養育している方に手当を支給する制度です。」

そしてそのための予算として2億5千万円弱(そのうち一般財源は3千8百万円)の支出を見込んでいます。この2億5千万円は「円」で支払われています。そしてこの2億5千万円は「次代の社会を担う子どもの健やかな」成長という明確な目的を持っていて、それを社会全体(国・県・村)で応援するという制度です。そうであれば、これは「円」で支給する必要があるでしょうか?支給されるべきは「円」しかないのでしょうか。

何をいっているのかというと、目的の達成のために、いまは「円」という手段を選んでいるが、その目的を達成できるのであれば、それは何も「円」にこだわらなくても良いのではないか、ということを言いたいのです。具体的にいえば、「子どもの健やかな」成長のために、子ども自身がそれを受け取り使う代わりに、親が受取人となって、そのために使用しているはずですが、「円」で支給する以上、その「円」のどこにも「このお金は子どもの健やかな成長のためにのみ使用できるものです」とは書かれていません。であれば、実際には何に使用されているのか、その目的の達成のために使用されているのかは、その親以外誰にもわからないことになるのです。

これは、税を負担している住民にとっては、案外なことです。誰も口に出しては言わないかもしれないけれども、税の適正使用という観点からしても、見逃すことはできません。下手をすると、地域住民間の心理的分断のタネとなってしまうかもしれません。児童手当受け取り対象者の「善良」を前提としているので、今のままで良いということもできます。しかし、もし、この目的達成のために他に良い方法があるのであれば、それは検討して見る価値もあると思います。つまり、支給を「円」ではなく、「ポイント」あるいは「地域通貨」または「要求払デジタル通貨」で行ってはどうでしょうか、という提案です。

例えば、住基カード、マイナンバーカード、あるいはその他のIC機能を組み込んだカード(もちろん紙ベースの手帳・通帳形式でも可能)にチャージして支給するという形もあるのではないでしょうか。村は、ポイント、地域通貨、デジタルチャージのような方法で2億5千万円を対象者に発行します。同時にその発行分のポイントと同額の「円」を村の金庫に「準備金」として保管しておきます。

児童手当受領者は、それをポイント、地域通貨、要求払デジタル通貨を使用して商店で紙オムツを買う、本屋で絵本を購入する、塾の先生に謝礼として支払う、保育園の通園料として支払う、ふれ愛プラザの児童預かり料として支払う、学校の給食費として支払う、などなど、その目的にあった場所で支払うことができるように村が制度構築をしておきます。そうすれば、この資金は決して目的以外に使用されることはできないし、村の外に漏出することもありません。ましてや、給食費の不払いなどという問題も大幅に改善できるでしょう。そして、村はこのポイントを受け取った各事業者からの要求があれば、「準備金」として100%保管してある村の金庫から「円」で支払います。保育園の通園料、ふれ愛プラザの児童預かり料、学校の給食費などは、帳簿上の振替で処理します。さらに将来、このポイント等が使用できる場所が村内に増えれば、村内からの「円」の漏出さらに防ぐことができます。

このシステムのメリットは「円」の村外への漏出を防ぐ、村内の貨幣の流通速度を高めるといった効果以外にも、最初に述べた、制度目的の達成度を数値化して評価できるということもあります。さらに、先ほど述べた、村内施設の利用料(保育園の通園料、ふれ愛プラザの児童預かり料、学校の給食費)に関しては村の帳簿上の振替で処理できる、ということが何を表しているかというと、村の財政規模を縮小できるということを意味しているのです。村がポイントを発行(実は、村が通貨発行権を持つ、ということを意味しているのですが)して、最終的に村がポイントで受け取るのであれば、「円」は不要になります。この不要になるだろう「円」の額を算定することは、私の能力を超えていますが、縮小均衡を目指すべき財政運営方針に合致していることは間違い無く言えるのではないかと思います。なぜならば、100%準備金のうちで、帳簿上の振替で処理できる「円」は、投資用の財源を保管する金庫へと移すことができます。つまり、新たな財源を生み出すことができるのです。美浦村の財政に「円」が不足しているのですから、「円」を使わずに施策を行うことは理にかなっています。現在の「債務貨幣制度」において、「円」は無から生み出され、それには必ず「利息」が付加されます。つまり、「円」の使用には必ず「利息」が伴うということを肝に命じておかなければならないのです。「利息」を減らす方法は「円を使わない」ことにつきます。縮小均衡策は、「緊縮財政政策」ではなく、「円を使わない政策」の実現を目指すことなのです。緊縮財政=支出の削減と収入の増加、という政策は成功した例はありません。「円」を使わなくても、要は施策の目的が達成されればいいのですから、「円を使わない、或いは、円を蓄蔵しない政策」へと発想を転換する必要があるのです。

次に、住民サービスという観点から、もっと改善できるかもしれない点を考えてみます。

歳入項目のうちで、使用料及び手数料収入は、前年度(平成28年)6千9百万円ありました。今年度はそれを3千万円と控えめに計上しています。

使用料・手数料という項目を、歳入予算の全体で見ると、今年度見込んでいる使用料(および利用料)等の収入は、ファミリーサポート会員利用料 60万円(児童福祉雑入)、市民農園利用料 42万5千円(諸収入雑入)、みほふれ愛プラザ使用料 28万7千円、幼稚園保育料(一時預かり事業) 67万3千円、社会教育使用料 53万5千円(多目的施設)、保健体育使用料 5百9万円  (光と風の丘公園使用料 4百70万円 、 農林TC、運動公園使用料 34万円 、 学校開放施設使用料 5万円等)、税務諸証明書手数料 130万円、戸籍簿謄本、住民票交付手数料 665万円、畜犬登録・狂犬病予防注射済票交付手数料 46万円などとなっています。合計で約1,600万円です。これらを、美浦村民限定 特別会員限定の施設利用料・諸発行手数料年間利用権(アマゾンプライムみたいなもの)として、住基カードあるいはマイナンバーカードを利用して、村民限定で販売するという方法もあります。

住民は、利用権のレベル(子育て世代クラス・単身世帯クラス・老後を楽しむクラス等々)を選んで購入することによって、上記のサービスの使用料または利用料を、その都度気にすることなく利用することができます。さらに、住基カード、マイナンバーカードの使用を前提として設計すれば、住基カードまたはマイナンバーカードの利用を広める効果も見込め、財政が負担している高いシステム使用費の有効化にも貢献できるのではないでしょうか。「マイナンバーカード」も遊休施設の一例で、町村での発行率は7.2%に過ぎず、全国平均でも8.4%にすぎません。設備投資だけ気前良くしておいて、その施設を遊ばせておく企業体が健康な経営をできると考えるのは、常識的にいっても無理があります。

予算編成の基本方針として、平成29年度当初予算(案)説明書によれば、「使用料および手数料については、受益者負担の原則に基づき、減免制度および料金体系の見直し等も検討し、歳入確保に努めるとともに、施設の効能が十分に発揮されるよう留意すること」としていますが、これは結局、利用者側からすれば、料金値上げであり、「上に施策あれば、下に対策あり」という中国のことわざを引き合いに出すまでもなく、利用者はより安い施設を利用するか、あるいは利用回数を減らすか、少なくとも今までよりも高いお金を出して施設等を使用または利用しようとすることはないのです。これでは、住民サービスの向上という意味では、本末転倒ですし、「施設の効能が十分に発揮される」機会は減少することでしょう。住民が文化的活動を活発に行おうとする、または体育健康の増進に努めようとする、そんな意思を妨げることはあっても、促進することには決してなりません。

それよりは、利用しやすい環境、つまり支払い体系、利用システムを村が新たに提供することで、村民と行政のウィンウィンの関係を築いたほうが、文化、教養、芸術、教育、保育、体育の発展向上を妨げることもなく、むしろ村の財政運営に対する住民の期待度は高まると思います。

例えば、一定の料金を払えば、年間を通して、村内のすべての施設・サービスが利用できるということになれば、村民にとって、決して悪い取引ではないと思います。さらに、これを美浦村メガソーラー発電所で生み出される美浦村の恵みである電力の使用権も込みにして検討することもできます。つまり、この「美浦村プライム生活会員権」さえ持てば、家庭の電気はもちろん、村内のいたるところの施設やサービスを自由に使えますよ、という新しい魅力を美浦村として発信することもできるのではないでしょうか。

グーグル、アマゾン、アップルといった世界をリードする企業が利用者に提案しているサービスは、年間使用権を買い取ってもらって、音楽でも映像作品でも書籍でも利用者が自由に楽しむことができるシステムを構築することが主流となっています。このシステムを最初に創造したのは、ご存知の通りアップルのスティーブ・ジョブズでした。デジタル世代がデジタルの特性を利用して、音楽の違法(?)ダウンロードをしている現状を見て、これを規制する方向から、発想を大胆に変革して、利用料を支払うことで合法的にしたのです。このため、ジョブズは著作権を管理している既存の音楽業界と熾烈な戦いを強いられましたが、彼はそれをやり遂げ、現在のアマゾン、グーグルといった先進的な企業が新たなビジネスモデルを構築する道を切り開いたのです。

こうした1970年代にデジタル革命を創始していった人々の基本コンセプトは「デジタルの自由化」ということにありました。「デジタル」が持つ特性である「コピーしても劣化しない」、「ソフトウェアはすべての人々に解放され、すべての人によって創られるもの」だという「自由」の概念が基礎にあったように思います。このパーソナルコンピューターが持つ「自由」の雰囲気が当時の人々を魅了したのです。

マイクロソフトのビジネスモデルとは根本的に違うところです。マイクロソフトのコンセプトは「独占」にありました。ソフトウェアのソース(プログラム)は厳重に秘密にされ、開発は一部の者の手に委ねられ、完成したソフトウェアは利益独占の媒体となったのです。一度出来上がれば、ソフトウェアはいくらコピーしても、コストはかかりません。それは、まるで紙幣を印刷するのと同じで、シニョレッジ(通貨発行益)のごとく、その利益は膨大なものになります。既存体制の価値観そのものとピッタリと合致したがゆえに、現在の「成功」があるのです。リナックスのようなオープンソースとは真逆の発想でした。

それにひきかえ、アップル、アマゾン、グーグルといった企業の発想方法は、既存の体制に固執するようなものとは全く違い、完成のイメージからスタートするということです。言い換えれば、この世にいまだ存在しないものをイメージすることから始めるのです。つまり、こんなサービスを提供したら、利用者の世界はこうなる、というイメージを作り出すことから、経営戦略会議を始めるのです。彼らには、将来の世界に対する夢があります。

例えば、あるプロジェクトを立ち上げようとする会議の冒頭に、プレゼンターはプレスリリースを発表します。もちろん、具体的に何もできていない状態で、こんなものができたときの「記者会見発表」をするというのですから、笑えますね。こうしたら、こんな風になるだろうという、まさに雲を摑むような資料を作成することから始めるのです。参加者は、既成概念にとらわれることなく、それが「素晴らしいもの」なのか、それとも「そんな記者会見は陳腐で聞きたくない」のかを判断することから始めます。そして、プレスリリースが素晴らしいとなれば、そこからシステム構築(制度設計)をしていくのです。

そんなものできるわけない!、とか、無理!、とかいう意見も出るでしょう。しかし、できない!、無理!という意見に対しては、それならば、どうすれば無理ではなくなるか?どうすればできるか?に焦点を絞って知恵を結集して行きます。まさに、イノベーションはこうして始まるのです。日本の深深度宇宙探索衛星「はやぶさ」プロジェクトの遂行も、このような発想でプロジェクトを成功させていったのです

美浦村「プライム村民会員権」の料金設定は、私の能力を超えています。村が必要とする税収と、サービスの提供内容と村民が納得できる料金体系を勘案して構築することは、実務に精通している美浦村の職員にしかできないことです。

いずれにしても、「予算編成」とは、地方公共団体運営の「思想」を表したものです。予算を編成する人が、どのような将来の村の姿を描き、そのための政策を立案し、どのようにそれを実現しようとしているのかを、資金面で裏付けたものが「予算」です。しかも、それは「法体系の中で」という制約こそあれ、自由で独立したものでなければ、地方自治の目的を達成できません。美浦村の本当の必要性に目を向けて作成する予算書が、総務省が作った「地方財政計画」に則って、枝葉をつければそれで済むという簡単なものであるはずは、決してありません。

そうであれば、昨日までの惰性に流されることなく、失敗を恐れず、大胆に新たな施策を盛り込んでいくことこそ、予算編成の醍醐味ではないでしょうか。成功は100の失敗、1,000のダメ出しの結果です。一つのミスも許されないという綱渡りをしているわけではありません。行政運営組織に携わったときの初心に戻り、青雲の志を持って、村民を希望ある村づくりに導いていくという醍醐味を是非味わってくださることを、役場の指導層をはじめ、職員全員に望みたいと思います。

 (参考)

「昭和二年(1927年)発行の教科書『中等修身 巻五』著者:大島正憲」より、表記は現代語に変えてあります。

【自治団体】

立憲政治とともに、わたしたちの国民生活の様式として重大な意義あるものは、地方自治体の生活です。地方には、それぞれ特色があって、習慣も違い土地の状況も異なるのですから、その行政事務を地方人の自治にまかせるのは、まことに至当の制度です。これは憲法発布(明治憲法のこと)の前年つまり明治二十一年四月に法律として公布された市制町村制(今でいう「地方自治法」のこと)であって、国民の政治生活にとって、まことに深い意義のある事柄です。この制度は、専制政治においては、万事が中央集権ですから、行われないのですが、立憲政治は本来民意を発揚して国民に政治的自覚をあらしめようとするのですから、その本旨に応じて、地方は一定の区域を立てて、法律に認められた範囲において、自治的に行政が営まれるようになったのです。この自治団体生活の完全なる発達は、立憲政治そのものの発達に必然の関係があります。

(中略)

要するに、市町村の自治生活は、その公民が選出した議員や吏員(地方公務員のこと)を機関として行われる政治であって、もとより法律に認められた範囲においてではありますが、他から干渉を受けず、それ自身に独自の生活をしています。ですから市町村団体は一種の人格的存在として、自分のことは自分でするという自治生活をしているのです。あたかも国家が自主独立の人格的存在として行動しているように、市町村は国家の内部において、一定の法制のもとに、自治の生活をしているのですから、市町村の自治生活が立派に行われるかどうかということが、国家生活の消長に非常に関係しているのは明白です。市町村の自治が破壊されるのは国家の細胞組織が腐敗するようなもので、議会も政府もやがて腐敗せざるを得ないのです。」

 

以上で「美浦村の財政の姿と将来の財政運営について」は終わりです。

ご精読ありがとうございました。

ご興味のある方は、「美浦村の債務完済は可能か?」をお読みください。

                                        文責:地域通貨研究会

                                            代表 樋口 明