日米関係

文責:樋口 明



現状

アメリカと日本の関係を知るためには、まず第一に日本の真の統治者のことを知らなければならない。もちろん、内閣総理大臣でないことは明らかだ。日銀総裁でもない。

覇権国アメリカの属州の一つである日本を直接に支配しているのは、日本総督、つまり米軍、特にハワイ州・オアフ島の海兵隊キャンプ・H・M・スミスに司令部を置く太平洋軍司令官日系アメリカ人ハリー・B・ハリス・ジュニア海軍大将(2015年5月27日〜)である。彼の上官はアメリカ大統領と国防長官の二人のみである。

Admiral Harry B. Harris, Jr.jpg

彼は日本人の母親を持つ日系アメリカ人二世である。日本人としてのアイデンティティーを持ったアメリカ人としてアメリカの国益のために尽くす軍人である。太平洋戦争でなくなった日本人将兵にも共感し、同時にヨーロッパ戦線で戦った日系人部隊兵士への尊敬の念を持っている。米日同盟に関しては、かなり日本寄りな意見を表明している。しかし、もちろん大枠では、覇権国家アメリカ軍の一方面軍としての太平洋軍の役割である、西太平洋方面の安全保障にとっての利益第一の考え方を抱いているのは当然である。

以下、アメリカと日本の立ち位置をはっきり自覚させるために、ハリー・B・ハリス・ジュニア海軍大将のことを「日本総督」と呼ぶことにする。

日本総督は日本国民代表に向かって、平成29年11月16日外務省において次のことを確認した。

1.3隻の空母打撃群と自衛艦の共同訓練を通じ日米の連携を示すことができた(自衛隊の指揮権は米軍にあることの再確認)

2.北朝鮮の脅威に対応すべく,日米及び日米韓で緊密に連携して対応していくことの重要性を確認(米国軍需産業を支えていくことを確認)

3.自由で開かれたインド太平洋地域の安定と繁栄のため,能力構築を始めASEAN諸国との協力を推進することが重要であり,引き続き日米で緊密に協力していくこと(米軍の指揮のもとでインド・東南アジア・豪州との役割を強化していくことを確認)

4.在日米軍に関し,地元の負担を軽減し,在日米軍の安定的駐留のために協力していく(駐留米軍の費用を引き続き日本が負担していくことを確認)

つまり

1 自衛隊の指揮権は米国太平洋軍にあること

2 米国の軍需産業を日本は引き続き支えていくこと

3 米国太平洋軍を肩代わりしてインド・東南アジア・豪州と連携して中国包囲網を形成すること

4 日本における米軍のフリーハンドでの基地使用権を承認すること

以上4点を日本政府は確認したということである。

米日安保条約の歴史

1945年7月26日、アメリカ、イギリス、中華民国により大日本帝国に対して発出され、その後ソ連が加わった「全日本軍の無条件降伏」を要求するポツダム宣言を、大日本帝国が8月14日に「国体の変更を伴わないこと」を唯一の条件として受諾して、大日本帝国は大東亜戦争に惨敗した。

それに先立つ、1945年4月25日から6月26日にかけて、アメリカ合衆国サンフランシスコで開かれた連合国会議において採択された国際連合憲章に基づき国際連合の設立が決定。第二次世界大戦後の世界の軍事・政治体制が定められた。その原案は一年前の1944年8月から10月にかけてワシントンで開催された国際会議ダンバートン・オークス会議において米英支ソによってすでに決定されていたのである。

その目的は、第一次世界大戦、第二次世界大戦を通じて明らかになった軍事的植民地主義のほころびを補修するために、米英支においては経済・資本による世界支配、ソ連においてはイデオロギーによる世界支配を目指して国際的な取り決めを結ぶことであった。その手段として、国連に世界政府的な機能を持たせ、米英ソが主に軍隊を提供して国連軍を結成して、日独のような後発侵略国の策動に対して共同で対処しようというものであった。国連にとって、日独は永遠に追放されるべき「敵国」であり、再び世界進出を企てるようなことがあれば、国連加盟国はただちに軍事的に対応し(個別的自衛権の発動)、その後国連安保理の決議に基づき国連軍を結成して集団で「敵国」に対応する(集団的安全保障)、または国連軍が結成されるまでの間、地域的取決めに基づいた安全保障機構の軍隊が対応するという仕組みになっていた。

したがって、旧敵国である大日本帝国に軍隊も宣戦布告の権利も与えてはならない、という前提に立って国連憲章は成立している。

こうした世界四大国にとって予想外の出来事が起きた。朝鮮戦争である。大日本帝国の植民地であった朝鮮半島から世界の安全保障を脅かす国が現れたのである。しかも、朝鮮民主主義人民共和国による大韓民国への侵略は常任理事国の結束を吹き飛ばしてしまった。つまり、国連安保理が機能しない事態が生まれたのである。逆に、国連安保理が機能しないが故に、朝鮮戦争が勃発したとも言える。アメリカ政府は朝鮮半島の戦略的価値を評価していなかった(『朝鮮戦争——米中対決の原形』神谷不二。中公文庫27ページ)。そしてそれを資金的にも軍事的にも世界に示してしまったのである。主体的独立を求めていた北朝鮮の金日成は、その軍事的空白を埋めるように南に侵攻したのである。

こうした緊急事態に対して、米軍はマッカーサー指揮下の日本に駐留していた7万5千の占領軍を「非正規の国連軍」にしたて朝鮮半島の緊急事態に充てた。と同時に、日本における軍事的空白を埋めるために旧大日本帝国に再軍備するよう指令し保安隊7万5千人の軍隊を創設した。こうして、日本に与えられた「日本国憲法」は大きな矛盾を抱えることになったのである。

日本の安全保障に関して日本国憲法では、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意した」ので、「国権の発動たる戦争」も「武力による威嚇又は武力の行使」も「永久にこれを放棄」した。そのため,「陸海空軍その他の戦力」は,「保持」しない。「国の交戦権」も捨て去った。つまり国連憲章的に読み替えれば、「敵国」である旧大日本帝国は、前述の「軍隊」を持たず、国権たる「宣戦布告」権を放棄することによってのみ、国連加盟国からその存続を認められるにすぎない保護観察下に置かれた更生中の国家なのである。

ただし、保安隊(のちに自衛隊)という戦力を持ってしまった矛盾を解決する道は、国連軍(駐留米軍)の指揮権のもとでのみ活動する軍事力という条件付きなのである。つまり、米日安保条約とは、米軍による世界の安全保障のために実施する「敵国(旧大日本帝国)における侵略政策の再現に備える地域的取極」(国連憲章第53条)であり、国連が「敵国(旧大日本帝国)による新たな侵略を防止する責任を負う」ときまでの例外措置なのである。

日本総督(元太平洋司令官デニス・ブレア)の意図

2014年4月17日 日本記者クラブでの公演より

a05304 pro.jpg

      デニス・ブレア(元太平洋軍司令官1999年2月20日〜2002年5月2日)

アメリカ笹川平和財団理事デニス・ブレア——米日関係を対処するシンクタンク

記者会見の要約(聴取文責:樋口 明)

『1990年代は冷戦の終結により西側が勝利した時期で、日米関係は漂流していた。

しかし、漂流の時代は終わった。これからの日米関係は二国間関係というよりはより多くの先進国同士、自由民主主義国同士で全体的な戦略を作ることだ。

吉田ドクトリンは当時は正しかったかもしれないが、未来のドクトリンにはならない。

率直にいって、日本がもっと役割を果たすということです。もっと積極的になるということです。

安倍政権も野心的な計画ということで数々考えている。例えば、憲法の再解釈をして、より実効性の高いNSCを作るとか、また自衛隊の強化等にわたるまで、日本としてもいろいろなサインが出ているわけで、今後外向きに前進していくという、またアベノミクスの第三の矢も日本のビジネス、特に事業を再活性化するということが大きな目的となっております。

逆に質問したい。日本国民はどうして憲法改正のような動きに疑いの念を持っているのか。北朝鮮や中国が反対するというのはもちろんわかるが、日本国民自身が反対するのは私にはわからない。

ホルムズ海峡の封鎖というような事態は、日本の集団的自衛権のいい例だと思います。日本にもできる役割を軍事的にも、外交的にも、政治的にも果たしてほしい。多国籍軍の一員として日本にも役割を果たして欲しい。』

以上が元アメリカ太平洋軍司令官の記者会見の要旨です。

つまり、元米太平洋軍司令官の立場として日本に提言したいことは、「冷戦構造崩壊後、日本の戦後体制は本当に終わった。吉田ドクトリンのような内向きな政策から外向き、積極的政策へと変更して、米軍へ積極的に協力していく体制をとってほしい」というものです。

冷戦構造が崩壊してからは特にアメリカ政府内部において、世界の外交・経済・政治に対する対応を米軍の軍事力、特にシンク(Commanders-in-chiefの略)と言われる方面軍司令官にゆだねるような動きが顕著になってきた。表向きは文官がコントロールしているように見えて、実質的には下の図にもあるように、世界を六つの戦域に分けて、それぞれの方面軍司令官が管轄各国の政治にまで影響を及ぼしてきた。(デイナ・プリースト『終わりなきアメリカ帝国の戦争』アスペクト社参照)

その中で、USPACOM(United States Pacific Command)と呼ばれるアジア・太平洋地域を担当するアメリカ太平洋軍が日本を含む地域を担当している。その管理下に日本は置かれているという状況である。したがって日本の外交・軍事戦略は、このアメリカ太平洋軍の意志に大きく制限されていることになる。

アメリカ軍の世界展開図(Wikipediaより引用)

現役時代このデニス・ブレアーという将軍は、自分のお膝元のインドネシアにおいて、インドネシア軍が東チモールで独立を主張する住民に対して虐殺行為を行なっていたとき、インドネシア軍および民兵のこうした行為を非難して押しとどめるどころか、逆にお墨付きを与えていた。つまり、太平洋の安定的軍事情勢のためには、一地方の住民の生命は犠牲にしても仕方がないという考え方をする軍人なのである。

世界の他の地域のことや世界の他の人々のことに関心を持たず、今だけ、金だけ、自分だけのことを考えるのであれば、以上のようなことを一切考えずに生きて行くことは可能だ。アメリカを乗っ取っている国際金融資本=軍需産業=ワシントン政府=アメリカ太平洋軍司令官=日米合同委員会=日本政府=マスコミという日本支配の構造の中で、安楽に暮らして行くことは可能だ。

どう生きるかは個人の選択の問題である。日米関係のことや、日本総督の意思を知ろうとすることなども、この選択次第によって何を知ろうとするのか違ってくるだろう。ここで私が唯一の基準として設定したいことは「戦争はクソの役にも立たない」ということ。これだけだ。戦争に訴えてでも正義を貫くだとか、武器を作り売り払うことで金を儲け生活していこうとか、戦争に資金を提供し金利を稼ごうとか、そうした動きの一切を認めないというただ一点の基準だけを掲げていきたい。

こう考えたときに、現在の日米関係について思うことは、日本人の意志が十全に全うされる体制にない、ということである。日本軍(自衛隊)はあくまでアメリカ太平洋軍の指揮のもとに置かれている。ワシントン政府(アメリカ合衆国という覇権国家)の従属国家としてのみ、生存を保証されているということである。

大日本帝国は大東亜戦争(第二次世界大戦の太平洋方面戦域という意味では「太平洋戦争」)で惨敗した。その被害者は兵士、軍属(女性を含む)、沖縄の一般民衆、ヒロシマ、ナガサキの被爆者であって、大日本帝国の皇室、政府官僚は戦前同様に生き延び、敗戦という事実を否定し、無反省的に戦後の体制を享受してきた。したがって、ほとんど戦前の体制はそのまま継続していると見るのが正しいのではないか。戦前と戦後を分け隔てているのは、日本の国体、つまり大元帥閣下(=天皇)⇒日本軍⇒政府⇒マスコミ⇒国民という体制が、戦後の国体=アメリカ太平洋軍⇒天皇⇒政府(=マスコミ)⇒自衛隊に変更され、擬似大日本帝国=民主国家日本という風に変更されたと言えるのではないか。

日米関係を以上のように認識してはじめて、今後の日本のあり方について考えるスタート地点に立てるのではないだろうか、というのが私の意見です。

                                      

反論や事実に対する訂正を求める方はこちらから