土地・労働・資本(JAK)銀行

: Morino,Eiichi

要約

スウェーデンのJAK(Jord Arbete Kapital 土地、労働、資本)銀行は利子とは無関係に機能する、非宗教的な、政治的には中立な貯蓄-貸付協同組合である。貯蓄にはいかなる利子も支払われず、貸付には管理コストのみが必要である。スウェーデンでのJAK銀行はデンマークにおけるJ.A.K銀行を参考に1965年に設立され、今ではおよそ18,000人の会員から成り立っている。

1997年12月、JAK は銀行業務の認可を受けた。銀行となり、融資を受ける前に必要な事前の貯蓄が預金保険の対象となった。

JAKが主張しているのは利子をとることが安定した経済にとって有害であるということだ。すなわち、利子は失業やインフレ、環境破壊をこれらが結合したかたちで引き起こすものである。

利子は長期的には貧者から富者へと貨幣を移転させる。利子はしばしば、短期に収益を上げる大規模プロジェクトに有利にはたらく。

JAKの最終的な目標は経済上のツールとしての利子の廃止であり、これをより害のないものへ置き換えてしまうことである。こうした目的を達成するために、JAK は2つの活動領域に取り組む。

イデオロギ次元。- 利子をとることが経済や社会全体、環境に有害な効果をもっていることをひろめ、代替案を提起する。

 実践次元、- 利子とは無縁な融資が可能であるばかりでなく、重い借入にかかる金利に苦しむ人々を解放する手助けともなることがたいへん貴重でもあることを示すために、金利と無縁な貯蓄-貸付を行う。

これまで、JAKの無利子貯蓄貸付モデルは、もっぱら住宅を購入しようとする消費者(会員の90%)にアッピールしてきた。

このシステムを利用している企業はごく僅かである。これは、融資が許可される前に貯蓄が必要とされることによっている。概して、将来性のある企業は事業計画を実施するのに資金を必要とするが、1-2年待つ余裕がないのが実際であるから。

JAKは失業に対する積極的な効果を持っているが、それは間接的な効果にすぎない。JAKが利子負担から多くの人々を解放するほどに、多くの資金が商品やサービスの購入に充てられることになる。このことは事業により多くの人々を雇用するよう刺激を与えることになる。

そこで、特に、事業への資金貸付への志向をもつイスラム諸国で広範に活用されている無利子で収益や損失を分かち合う貸付手法を導入する計画がある。これは失業に対するより大きい、そしていっそう直接の効果を持つであろうが、いまのところまだ計画段階である。

背景

JAKが主張するのは利子をとるということが経済の不安定性を引き起こすということだ。

利子が未使用資金を循環させるのに有用な機能を果たすことは認められる。けれども数多くの否定的な影響がある(詳細はマルグリット· ケネディの「金利ともインフレとも無縁な貨幣」を参照)すなわち長期には、利子は貧者から富者へと貨幣を移転させるのだ。借り手は短期には利益を得るが、最終的には、貸し手に当初借り入れたのよりはるかに多くの貨幣を払い戻さなくてはならない。商品やサービスには価格のおよそ30-50%にのぼる利子負担分が隠されているのだ。これは裕福な者たちによる国民への間接的な課税だ。

利子は短期の配慮に有利にはたらく。利子率を上回る収益率をもたらすプロジェクトのみが投資されるに値する。このことは大規模なプロジェクトを過大に評価しすぎることになる。つまり、ショッピングセンター、高速道路の新規建設、核施設などだ。あるいはまた、長期に、低収益しか上げないプロジェクト(すなわち代替エネルギーやエコロジカルな農業、数多くの小規模プロジェクト)を犠牲にして有限の自然資源を使う短期に高収益をあげるような事業を重視させることになる。実質利子率が高ければ高いほど、プロジェクトからあがる収益が高ければ高いほど、投資されるべき価値があるというわけだ。利子は一定の組み合わせで失業やインフレ、環境破壊を引き起こしている。利子率の上昇は融資を受けて展開されるあらゆる事業にとって資本コストが上昇することを意味する。金融上の負荷が増加するのを抑えるには(他の事情にして等しければ)、事業は、労働コストをカットするか(つまり、失業を悪化させる)、あるいは価格を引き上げるか(つまりインフレ)、それとも同じコストでいっそうの産出高を効率的にあげようとするか(これは自然資源の枯渇を加速させるし、環境に対する負荷を増加させる)しなければならなくなる。考慮されるべき別の側面は利子率が高くなるほど、それだけいっそう人々は、仕事が経済的に成り立つために、生産的である必要が出てくるということだ。誰でもが等しく生産的であるわけではないので、高金利は生産的な仕事から多くの人々を除外する傾向をもつであろう。 

したがって、JAKの最終的な目標は利子をより無害なものにし、他のものに置き換えることにある。

デンマーク におけるJ.A.K.

JAKの歴史は1930年代の大恐慌の時期にデンマークで始まった。多くの農場が通貨の不足と当時支配的であった高金利が原因

で破産していた。いくつかの農場がクリスチャン·クリスチャンセン(Kristian Kristiansen)の指導のもと結集して、1931年に協同生産組合Jord Arbejde Kapital(土地、労働、資本-古典派経済学の3支柱である)J.A.K を設立した。

J.A.K.は利子をとることが、結果的にインフレと高失業率、経済の不安定の主要な原因であると考えた。J.A.K.は利子とは無縁な3つのプロジェクトから開始された。その考えが完璧な理論ではないにしても、完全に実行しうるものであることを証明するためにである。その最初のプロジェクトは Sonderjyllandにおける無利子地域通貨の発行であった。この紙券は国民通貨とは対照的に実質的な富(農場という不動産)によって担保され、これは現金に飢えた人々に熱狂的に受け入れられた。少なくともJ.A.K 通貨はデンマークの紙券流通量の1.5%に達したのである! しかし、デンマーク政府はこれを脅威とみて、1933年にこの実験を禁止した。

次の実験が1934年に開始された。

それは無利子の貯蓄貸付システム( andelskassen )であった。利子をとらないで貯蓄を集めることで、銀行からの貸付に高いコストを支払ってきた参加者たちに、無利子で貸付を提供することが可能となった。この試みもたいへんな支持を受けた。しかし、このシステムにあったいくつか欠陥が、メディアや当局の強い反対とあいまってandelskasseを、1938年、倒産へと導いた。

そして3番目の実験が1934年に開始された。それは今ならば、LETSと呼ばれるであろうシステムで、それによってメンバーが現金無しで商品およびサービスをお互いに交換する無利子の当座預金システム、ないしクリアリングハウスのシステムであった。この口座は単に、口座にある資金の多寡を調節することでシステムで使われていない資金が会員に低コストで貸し出されたのである。(ついでにいうと、この経験は、スイスで大いに成功した事業であるWIRというバーター交換システムに主要なヒントを与えたのである)

この実験さえ1935年にデンマーク当局によって禁止された。

1944年に、J.A.K は別の規則に立った無利子の貯蓄貸付システムを新たに開始した。そしてそれは着実に成長していった。1958年、J.A.Kは開始から10間の急速な成長で、銀行として認可された。その最盛期、J.A.K銀行はデンマークで大銀行、トップ20のなかにあった。

このシステムは貯蓄の3.2倍の貸付を約束した。例えば、2年間、月あたり1.000DAK を貯蓄すれば、結果的に24,000 DAKの貯蓄をすることになる。この貯蓄は引き出すことも出来るし、2年超の返済期間で77,800DAKを借り入れることもできる。これは、受託した資金が年35%以上の増加率を示した時は、たいへん満足に働いた。

しかしながら、1968年その増加率は低下した。それは恐らく高いインフレ率のためであった。しかしシステムにはいかなる変更も加えられず、手遅れとなることとなった。融資要求に応えることは次第に難しくなった。準備金が致命的なレベルにまで減少したからである。そして理事会は1973年に Bikuben Bank と合併すること以外にいかなる選択肢もない状態にあることを認識せざるをえなかった。

だが、これで終わりではなかったのだ。その後程なくして、多くのJ.A.K会員が中央集権化された銀行よりどちらかと言うと、他に依存しない地域の預金貸付協同組合( andelskasser )のかたちで、新たに事業を開始したのである。96年6月30日の時点で株主は6,574人を数え、20か所で運営されている。もっぱら広報を担当する中央組織が一つあり、そこは900人の会員を有している。


20のデンマークJAK貯蓄貸付組合の財務状況。

96年6月30日現在、(単位DAKM)残高 448.5

預金288.1(うち無利息 162.6)

融資253.0(うち無利息、113.0)

自己資本36.9

スウェーデンにおけるJAK

草創期

50年代及び60年代初期、デンマークにおけるJ.A.Kの理念と成功がスウェーデンでかなりの注目を集めた。そしてJ.A.Kシステムを開始しようとの関心が高まった。数年間の会議と討議を経て、Jord Arbete Kapital-Riksforening for ekonomisk frigorelse

(土地、労働、資本--経済解放のための国民協会)が非営利組織として1965年に登録された。デンマークにおけるのと同様に、その主要な目的は利子-債務の重荷から人々を救済することにあったし、いまでもそうである。それは相互的な協同と利子に対する代替案を広く知らせることを通して実行されてきた。

最初の預金受け入れが1967年に始まり、最初の貸付が1970年に実行された。この組織の成長は初めから非常にゆっくりとしたものだったが、1980年代の後半頃になって初めて、このシステムは本当の成功を収めることになった。

(図表をメイルで送付できないので、言葉で説明します。[森野])

[会員数は、1981年から1991年まで5000人の規模に向かって漸増してきたが、1991年から会員数のピークを記録した1993年の間に、4万人近い規模まで急伸した。その後、1997年までの4年間で2万人台の会員規模に落ち着いてきている。

貯蓄-貸付システムの進化

年を経てもイデオロギー面での変化はなかった。しかし、貯蓄-貸付システムはいくつかの主要な変更を経験してきた。当初、A口座と呼ばれる口座があった。貯蓄は同額の貸付額(細部は下記参照)と対応させられたが、これは貯蓄期間で尺度された。最短の返済期間は5年で、最長25年であった。

1973年に、新しいタイプの貯蓄手段- B口座 - が導入された。貯蓄が貸付に結びつけられることはなく、貸付は口座の平残に基づき貸し付けられた。貸付の額は、この場合準備金の必要性が増すので、それほど大きなものではない。最長返済期間は2年であった。この口座は数年間の間、それほど人気がでたわけではなかった。JAKにおけるあるゆる経済取引が1週間に1度程度にすぎなかったという事実におそらく原因があった。そこで1978年10月に初めてJAK はこの貸出の基礎になる口座の残高に一日単位で利子をつける取引を開始した。

もう1つのツール、いわゆるC口座が1977年に開始された。この口座では、初めに借入を行い、後で、指定された期間、これに対応した口座に貯蓄をすることが可能となった。これは特定のプロジェクトにのみ利用可能であった。

デンマークの例に倣って、貸付政策に関しては、スウェーデンのJAKは、貯蓄の3.2倍まで貸付を保証した。しかし、デンマークのJ.A.K 銀行が1973年に倒産したとき、こうした政策を全員に実行することは、力強く成長している時期を除き、可能ではないことは明白であった。そこで、貸出配分ポイントに融通を効かせる代わりに、会員の貯蓄期間の貯蓄貸付システムの成長率に応じた会員への貸出額の決定方式が導入された。成長が強固であったなら、貸出配分ポイントは高いであろうし、成長が緩慢であったなら、低くなり、成長がマイナスであれば1以下であるというように。これは非常に成功していることが証明された。しかし1つマイナスな点は異なる時期に預けられた、まったく同額の貯蓄がシステムの成長に依存する条件の異なった融資を受けることになってしまう点であった。

1980年12月に、JAKは経済協同機関( ekonomisk forening Toroiden)を創設した。この機関はコンピュータ資源や他の事務機器を共有し、コスト削減を目的に4人の法律顧問が設立したものだ。

最終的にはToroidenは貯蓄-貸付システムのケアすることになっていた。

1983年12月に、システムはかなりオーバーホールされた。 旧来のA口座は廃止され、以前のB口座がA口座と呼ばれるようになり、新たなC口座は開設されなかった。そして新たなB口座が開始された。それによって貯蓄の倫理的貸付(環境や研究、健康など目的のために貸し出される)が指定できるようになった。しかし、最も重要な変更は、新たなフレキシビリティの次元がシステムに導入されたということであった。会員はいま必要とされる貯蓄要求を満たす前に、事後の貯蓄要求を満たすことに同意すれば、貸出を受けることができるようになった。したがって貯蓄要求額の総額は事前貯蓄と事後貯蓄に分けられることとなった。

実際は、こうした改革は会員がその事前貯蓄に基づき、割賦返済額と同時に預金される融資後の義務的貯蓄に同意するならば、以前よりいっそう多くの金額を借りることが可能となったことを意味した。事前と事後の貯蓄の振り分けは配分ポイント(D)で表現された。もしDが5であったなら、総貯蓄の6分の1が 事前貯蓄として要求され、6分の5が事後貯蓄として必要とされることを意味した。Dの大きさは配分委員会によって毎月決定された。そしてそれはどれぐらい貸付可能資金があるかによって決定されたのである。これはその月の融資依頼すべてにただちに適用された。

緩慢な長期にわたる成長の時期がすぎ、1989年に強力な成長軌道が始まり、1992年の秋には6か月持続した爆発的な事業拡大をみることとなった。それはJAKが週に1,000人の新しい会員を獲得するほどの水準を示したのである。その理由は、主に、為替市場におけるスウェーデン·クローネに対する投機的攻撃に対してクローネを防衛するために中央銀行が極端な高金利政策を採用したことにある。メディアはJAK を発見したのだ。

そしてほとんどすべての新聞と雑誌が素晴らしい無利子のローンについて書きたてたのである。 

騒乱

こうした会員と預金の突然の、また急速な増加の帰結は貸付指数(預金額で貸出額を除したもの)のきわめて低い水準への低下であった。会員には、預金のほぼ半分が州債券の形で遊休していたという事実にもかかわらず、全額の借入れ権がいまだ約束されていた。これは長期には実行しえないことであった。

 次第に、預金の急勾配の上昇はダイナミックな融資実行で衰え、やせ細っていった。配分ポイントは連続して1にまで低下したが、しかしそれでも、1993年12月に開始される融資実行を待つひとの増加を抑えることができなかった。

 配分ポイントの低下と融資を待つ会員の列は多く会員にかなりのショックをもたらした。そして会員の間に失望が広がりかなり多数の脱落者を生むことになった。1994年初め、38,000人を記録したピークのときから、現在(1998年1月)までに会員数は19,000人に落ちた。しかし、JAKの規律のとれた、懸命な作業が1997年秋までに融資待ちを最終的に解消し、配分ポイントは現在4にまで上昇してきた。 

 1992年はまたJAK内部でも嵐の年であった。

 1965年のその設立以来、JAKは一握りの理想家たち、特に都市計画家のPer Almgrenの着想と指導に基づき運営されてきた。Almgrenが貯蓄-貸付システムの開発者であった。 

 システムがその中に貸付できない遊休した多額の流動性を抱え込んでいるとき、短期貸付が一定のJAK会員に実施され、それは短期に返済するという条件でJAKシステムの外部のプロジェクトに対して貸し出された。このことはJAK銀行が資金を抱え込むよりよいと考えられた。こうした貸付の一つは外国の金融プロジェクトに対してもなされた。

それは融資であったにもかかわらず、金融上のトラブルを引き起こした。Almgrenはより多くの資金がそのプロジェクトには必要と判断し、理事会の抗議にもかかわらず、安全性も不十分であったが、非常に巨額の資金を融資した。このことは深刻な対立をToroidenのJAKの熟練者たち(訳注、Almgrenたちのこと)とJAKの理事会の間に発生させた。

 この対立は1992年12月に終わったのだが、法的訴訟と双方への警察の事情聴取、それにJAKによるToroidenの資産の差し押さえによって終わったのだ。1年ほどして最終的な和解に達したが、こうした貸付で数100万SEKが失われた。 

 こうしたことがあって、Almgrenと若干の人たちは1992年に、JAKに似た方法で機能するNordiska Sparlan(ノルディックのセービングス·アンド·ローン)と呼ばれる別の無利子貯蓄貸付協同組合を設立した。

銀行業務ライセンスの獲得

1994年まで、JAKは 、銀行だけが預金を受け入れ融資を実施することを認める銀行法の特別な例外として業務を行ってきた。貯蓄貸付システムは会員にのみ開かれていたので、それは障害なく業務を継続できたのである。しかし、スウェーデンの法律を欧州共同体に調和させていくなかで、その銀行法は廃止され、JAKや類似の機関に例外的な地位を与えない別の法律に置き換えられた。

事業を継続するためにJAKには3つの選択肢があった。

1.新しい会員を協同組合に参加させない。

2.会員数が1000人に満たない20の独立した地方協同組合に分割する。

3.あるいは、新法のもとで、会員銀行のかたちで、銀行業認可を申請する。

 1995年9月に、特別年次総会は会員銀行ライセンスの申請を決定した。1996年4月に、金融監督局(Financial Supervisory Authority; FSA)に申請が提出され、JAKが銀行になれるかどうかはFSAが課した5つの条件次第ということになった。

1.理事会と最高経営責任者の能力の引き上げ。 

2.自己増強で8%の自己資本比率をクリア。

3.預金と貸付の満期期間の間の健全なバランスの維持。

4.「適正な」額の流動資産をもつことで、支払い準備を増加させる。

5.キャッシュフローを貯蓄貸付システムや教育的、組織的業務から切り離す。

 FSAはJAKの努力が満足すべきものと認め、1997年1月に申請は承認された。 政府は1997年12月に、ライセンスを与え、1998年5月に公式に認可された。

伝統的な銀行部門との諸関係

大銀行は何年にもわたり、基本的にはJAKを無視してきた。JAKは近年、特別に貯蓄と貸付を組み合わせる商品を提供することで、いくつかの銀行に影響を与えることはできた。しかし、それはJAKの貯蓄-貸付ツールよりはかなり利点のないものであった。

 政治家が大衆の中に広がる現在の住宅ローンの状態に対する不満の表現としてJAKに注目することもあった。 

 1994年、JAKの流動性への要求が急に高まったとき、十分で堅固な担保があったにもかかわらず、JAKに資金を出そうとする銀行はなかった。

 今日、JAKは貯蓄銀行にその流動性の一部を置いているという関係があるだけである。 

JAK貯蓄-貸付手法

JAKの会員になると、口座を開設し、貯蓄-貸付システムを利用し始めことができる。会員は共通の資金プールに貯蓄するが、その口座には、利子の代わりに、利子なしで借り入れる権利が与えられる貯蓄ポイントが発生する。

 借入はゼロコストではなく、JAKの管理のための費用を単に反映するにすぎないコストがかかる。これは1.7%から4.4%の「利子率」に相当するコストである。最近まで、この料金は、貸付が実行されたとき前もって徴収されていた。数か月前に始まったのだが、この料金はいま、返済期間に割り振られ、返済額と一緒に支払われるようになった。

 どれほどの額が借り入れ可能かは3つの要因に依存している。

1.どれくらい早く返済しうるか(すなわち月にいくらぐらいの返済額を設定できるか。)

2.資金プールに利用可能な資金がどれほどあるか。

3.借り入れを望む人間の貯蓄実績。

 貯蓄実績は貯蓄ポイントで計算される。より多く、より長期に貯蓄すればするほど、貯蓄ポイントが発生する。つまり、より多くの借入の権利が与えられる。

貯蓄ポイントの計算するには、貯蓄の平均残額に貯蓄月数が乗ぜられる。このことは、同じ貯蓄実績が短期に大きな額の貨幣を預金することによっても、小額を長期に預金することによっても、達成されうることを意味している。

 10,000貯蓄ポイントを得るためには、例えば、10か月間に1,000SEKを貯蓄するか、あるいは半月に20,000SEKを貯蓄すればいいことになる。

JAKの融資

 融資を受けようとする少なくと6か月前に貯蓄をしなければならない。融資に際しては、基本融資か基本融資プラス割増融資かを選ぶことができる。

<図1、図2入る、下記アドレス参照>

http://www.geocities.com/Eureka/Business/1701/jak/fig-1.gif(リンク切れ)

http://www.geocities.com/Eureka/Business/1701/jak/fig-2.gif(リンク切れ)

注記、図1。図示された棒は貯蓄実績(貯蓄ポイント)を指す。融資はこの貯めた貯蓄ポイントに応じた額となる。

注記、図2。返済期間の異なる二種類の基本融資がある。割賦返済金額が大きいほど融資額も増える。

「図の解説」図中、立軸は上向き方向が貯蓄、下向き方向が貸付、横軸が時間軸。

図2内の用語。選択融資1、選択融資2

基本融資は会員のもつ貯蓄ポイントに正確に対応する(図1参照)。貸付を示すカラムの高さは貯蓄額を示すそれを超えることはできない。

この条件はJAKシステムのバランスをとるために必要である。基本融資の額はどれだけ速く返済する意志があるかによって決まる(図2参照)。

より速く返済する、つまり月の返済額を大きくすればするほど多額の融資が受けられる(選択融資1を参照)。少額の返済額では少額の融資となり返済期間も長くできる(選択融資2を参照)。

基本融資は通常、比較的少額である。しかし貯蓄ポイントが可能とする融資額以上の融資を受けることもできる。これは割増融資と呼ばれ、JAKのシステムの均衡を維持するため、規則的な事後貯蓄が要求される。これは通常の返済と同時に、特定口座に一定額を預金していくことを意味する。返済期間が終了するまで、この事後貯蓄口座から預金を引き出すことはできない。しかし、最後の割賦返済が行われた3か月後に、全額が引き出し可能となる。この事後貯蓄の総額はつねに割増融資の額と等しい(図3参照)。

図3、下記参照。

http://www.geocities.com/Eureka/Business/1701/jak/fig-3.gif(リンク切れ)

図3内の用語。 白色、  事前貯蓄

       ピンク色、事後貯蓄

       まだら、 株式持分

       薄い赤、 基本融資

       赤、   割増融資

配分ポイント

基本融資の場合、月々、多くの額を返済するほどより多くの割増融資を受ける権利が発生する。しかし割増融資の額はまず、なによりも、融資の期間どれだけの資金が共通の資金プールにあるかによって決まる。準備金の額や預金率、引出率、貸付率、そして理事会が決める配分ポイント(D)に依存しているわけで、こうしたことがどれだけの割増融資が受けられるかを決めている。

 資金プールが多ければ多いほど、また資金プールに流入する資金が多いほど、Dはより高くなる。Dは0から19の間のレンジで変化する。通常、それは3から、おそらく6-7の間にあるであろう。Dが実際に示すものは事後貯蓄の相対的な大きさである。したがってD = 4であるなら、それは融資の後に行われる総貯蓄の5分の4を意味する。もしD = 1であるなら事後になされた貯蓄の2分の1を意味し、割増融資は基本融資の配分ポイント倍に等しい。借入を行うとき、現在の配分ポイントより低いそれを選ぶこともできるし、小数の配分ポイントにすることさえできる。会員は、常に失望させられることがないよう、期待したポイントよりも低いそれを使って融資額を計算するよう勧告される。

JAK における口座

JAKシステムにおいては遊休する流動性は生産的でないので、貯蓄ポイントが発生すべきではない。こうした理由から、また長期の貯蓄を促進するため、そしてまた管理者によりよい流動性の管理を行わせるために、貯蓄要因(S)が毎月、理事会によって設定され、毎月の貯蓄ポイントに適用される。Sは貯蓄に占める貸付の割合を示す指数を指す。預金に比して融資が大きいか、あるいは小さいかに応じて、貯蓄要因は高かったり低かったりする。通常これは0.8から0.9の間で変化する。JAKの長期口座にはより高いSが適用される。この口座には二つのタイプがある。

 ゴール口座 (Goal Account) は規則的な貯蓄向けの口座である。満期時期は短くても2年で、貯蓄は毎月ある一定額を自動振替することでなされる。引き出しは6か月前に通知することで可能となる。

 もう一つはM - 24口座で、これは一回限りの貯蓄向けの口座である。これも満期期間は短くても2年である。引き出しには2年前の通知が必要である。 

 標準的な状況の下では、オープン勘定(Open Account)での預金や引出にはいかなる制限もない。ただし適用されるSはかなり低い。預金は郵便局振替預金や銀行振替預金、自動振替預金で行われ、引出は事前に決められた銀行口座でのみ可能で、さもなければ、支払い伝票を使うことで引き出される。

 貯蓄には貸付先を指定できるので、環境に優しいプロジェクトや精神的、身体的な健康に関するプロジェクトや研究、また類似のプロジェクトに融資される。

しかし同時に、同じ必要条件が自分自身への融資にも当てはまる。

借入れ権の移転貯蓄ポイントは例外なく自由に移転されうる。このようにして、会員はその借入権をお互いに寄贈したり貸したりして支え合うのである。しかし貯蓄ポイントの売買はJAKの原理に反するので、厳しく抑制されている。貯蓄ポイントで仲間の会員を支える別の仕方にいわゆるC融資がある。これを使って、預金者は自分の資金をリスクなく、また資金管理の煩わしさなしに、金融プロジェクトを後援することができる。JAKがその世話をするからである。 いくつかの口座の一定額の預金がブロックされ、C融資の融資先がこれに相当する額を借り入ことができるようになる。

ブロックされた口座は、少なくとも返済期間の2分の1が過ぎた後に、引出ができるようになる。 

その他の貯蓄貸付システムと異なって、借入権は資金が一時期、あるいは永久にさえ、すべて引き出された場合でも(会員であれば)維持される。しかし融資実施まで、少なくとも口座には融資額の6%がなければならない。

流動性配置

あらゆる事前貯蓄の20パーセントが支払準備として流動性のかたちで保有される。こうした資金は他行の銀行口座におかれたり、政府短期債券のかたちで保有される。入ってくる利子収入は運営費の支払いや融資手数料の軽減に使われる。

預金保護

JAK は新たな銀行法のもとで銀行業務許可を与えられた。そのため、あらゆる事前貯蓄は銀行預金保険によって保護される。総貸出資産の6%にあたる株式よりなる自己資本の大部分はその貸出額とは別に保持されていなければならない。

この資金額は返済期間の間も貯蓄ポイントを生み出さず、融資額が返済された後に、7か月から19か月後に払い戻される。この株式式持ち分を使って借り手は自分の借入額に比例したありうべき損失をカバーできる。これはJAKシステムに対して借り手自身が負うリスクをあらわしている。 

保全

JAKはすべてのローンに100%の保証を要求する。受け入れ可能な抵当は不動産(査定価格の100%あるいは市場価格の70%)や、少なくとも2人の保証人による個人的な保証、銀行保証、債券預託である。保証人はその年収のほぼ3分の1の保証が可能である。

評価済み不動産で、保証を増やすことができる。

借入れ手順

貯蓄義務を遂行して、そして満足な抵当を持っている会員が借入の資格をうる(会員が3年以内に不良返済マークを貼られている場合は除く)。 

 「融資適用」書類が、貯蓄ポイントの情報を添えて融資申し込みをした会員に送付される。これに基礎的な事項として、異なった融資額の選択融資の口数、返済期間と配分ポイントが選択された融資につきリストアップされる。 

 融資が実行されるには、約定書に署名し、融資に係る抵当を差し出す。 そうして資金が支払われる。貯蓄はこのとき6%の株式持ち分を控除したあとで引き出される。処理期間が融資実行までに1か月間必要とされる。融資の返済が終わると約定書と抵当が戻される。事後貯蓄は返済終了後3か月間利用可能であり、株式持ち分はその後7から19か月で払い戻される。 

 JAKは金融カウンセリング、技能訓練、ネットワーキング、法律上のカウンセリングやそのフォローアップを提供していない。 

イデオロギー上の取組み

 JAKは20の地方部門や80の地元の代表者の献身的な無給の努力なしに生き残ることはできない。この努力で国じゅうで講義や勉強会、展示会が行われ、会員を支える支部オフイスが運営されている。

こうした努力がJAKのバックボーンである。

JAKのこれから

利益損失分かち合い融資手法

無利子融資の手法が特に事業向けに利益損失分かち合いの原理に基づいて適用される。

 貨幣は錆つかない。それどころか、利子のゆえに成長する。実質的な財は、しかしながら、長期間にわたって劣化する。この事実が資金を必要としている者に対する金を貸し付ける者の優位性の理由である。自然は予測できるものではない。収穫高は予測可能ではない。年々販売高も予測可能ではない。こうしたことにもかかわらず、貨幣の貸し手は彼の融資から決まった利益を要求する。これは公正ではない。 

 利益損失分かち合いによって、JAKと企業家は50対50とか60対40とかで、ありうべき利益を分かち合うことで同意する。このことは偶然を考慮に入れれば合理的である。もし事業が倒産するなら、起業家は彼の全投資額を失い、JAKは融資を失う。このモデルは利子をとることが禁止されるイスラム教の国で広く実施されている。

 スウェーデンの文脈では、この手法は特に現行のシステムでは、融資を受けるのが困難な環境上健全であるか、あるいは別の長期に実行可能なプロジェクトに適用されるであろう。

 これは雇用に対して直接的によい影響を持つであろう。JAK はそう遠くない将来になんらかの形でこうした手法を開発したいと望んでいる。

現在の弱点及び可能な将来的解決

会員の立場から見て、JAKには下記のような不利な点がある

1.かなりの事前貯蓄が融資を受ける前に必要とされる。しばしば資金を必要とする人たちは貯蓄することができないのがふつうで、だから不幸にも融資から除外されることになる。

 解決策:貯蓄することが不可能な人たちに手を貸すために特別なタイプの事前貯蓄を必要としない再金融融資手法を導入する計画がある。また標準的なケースよりも大きな貯蓄実績を要求することで、よく似たケースに置かれた者を援助しうる資金を増強することも実現されるだろう。 

2.抵当が要求され、資産や個人的な保証が得られず融資から排除されてしまう。

 解決策:抵当が欠けている特別な状況で使用しうる融資保険プログラムを導入する計画がある。プログラムの中で生ずるかもしれないどんな信用上の損失でもカバーしうるように緩衝となる資金を増強するため、借り手は保険料を支払うことになる。

障害

JAKは銀行業務許可を与えられたが、それはたいした困難なしに必要条件を果たすのに十分規模があったからである。1,000人以下の会員からなる小規模な貯蓄貸付協同組合の場合は許可を得る必要がない。しかし中規模レベルの機関は現行立法で不利に扱われている。

 心理的レベルでみてJAKは多数の人々が利子を徴収することに躊躇しない態度を示しているという障害に直面している。こうした種類の思考がどれほど自然と社会に対する有害な効果をもつか考えることなしに、だれもが自分の貯蓄に高い報酬を期待している。

JAKが銀行になったことで、イデオロギー上の取組が意義を失う危険性が生まれてきた。これは実質的にボランティアに基づいた我々の活動に否定的な効果をもたらすであろう。

JAKによる勧告

法律は中規模の貯蓄貸付協同組合が営業できるように修正されなくてはならない。

スウェーデンでは協同組合がいっそう奨励されなくてはならない。

アイルランドのような他のEC諸国は、ECの銀行業務に関する法律に特別な例外を求めて、そして特別な除外規定を受けた。アイルランドでの信用金庫は例えば特別な例外的地位を持っている。

スウェーデンは、しかしながら、どんな特別な例外規定を要求してさえこなかったのだ。

JAKデータ(1998年1月)

融資を受けるための最短貯蓄期間:6か月。

長期貯蓄口座の最短貯蓄機関:24か月。 

平均貯蓄期間:~4年

融資最少額: 5,000SEK (69,265円)

融資最大額: 貯蓄実績と配分ポイントによる。 

平均融資額: ~92,000SEK (1,274,476円)

最も短い返済時間:2年

最も長い返済時間:20年

平均返済期間: ~7年  

分割払間隔: 3か月 

最小返済額: 400SEK (5,541円)

年4回返済時の融資料金額:融資額の3.5%に

それぞれの年返済額の3.5%をプラスしたもの。 

最小融資料金: 600SEK 。(8,311円)

この費用は1.7%から4.4%の「利子」率に相当する。

パーセンテージで計算すると、返済期間が長いほど低コスト

になる。 

JAK融資使途:90%までが住宅ローン。

(JAK紹介、終わり)

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