公共貨幣で国の借金が完済できるか(連載15)

第15回目は、「公共貨幣システムで国の借金は本当に完済できるか」について学んでいきます。

教科書はNPO法人日本未来研究センター理事長山口薫さんの著作

『公共貨幣』「第10章 国の借金は完済できる」です。

10・1 債務完済のレバレッジ・ポイント

レバレッジ・ポイントとは第8章の1にもある通り、「レバレッジとはテコのことである。ここではあくまでシステムの構造を崩すために、そのテコを置いてシステムを動かすポイント(システム変数)が重要となるという意味である」。

「システムダイナミックスの研究者として、こうした考え方に導かれるままに、債務貨幣システムが変革できるレバレッジ・ポイントを必死に探し始めた。そして出会ったのが米国貨幣法(アメリカン・マネタリー・アクト)という貨幣改革法案である。」

ということは、「米国貨幣法」に債務貨幣システムを構造的に変革できるポイント、またはヒントがあるということになります。いや、山口先生は「シカゴプラン、特にフィッシャーらが提案した『貨幣改革のためのプログラム』やまたその現代版である『米国貨幣法』しかない」とまで、言い切っておられます。そして「こうした改革案を統合して誕生したのが、前章で述べた『公共貨幣システム』である」ということです。

それでは公共貨幣システムのもとで現在の世界経済が直面しているデット・エンド(借金地獄)の政府債務危機は解決できるのだろうか。本書の核心部分である。

その最も重要なポイントとは第一の条件として、政府による公共貨幣の発行権が重要な役割を果たす。

もしこの条件で政府が公共貨幣を発行すると、政府のバランスシートは下の図10・2のようになる。

ポイントは図10・2の右側赤丸で囲った部分、債務の部と純資産の部の間にある〈公債発行額〉矢印Aと矢印Bの部分である。ここを矢印Aから矢印Bに変更するだけである。このポイントにテコ(レバレッジ)を入れて動かせば、債務貨幣システム全体が変わり、公共貨幣システムという新しいシステムが誕生するのである。

債務貨幣システムのもとでは、債務の発行額がそのまま、国・地方の長期債務残高に簿記され、常に政府のバランスシートの債務として計上されたが、公共貨幣システムのもとでは、債務の発行はすべて公共貨幣の発行によって賄われ、政府のバランスシートでは純資産に計上される。国債の発行額が政府のバランスシートの負債から純資産に入れ替わることになる。

これまで民間会社の中央銀行が独占していた貨幣発行権を、元来の発行権者である政府が取り戻すのである。日本でのこのシステム移行は、現行の貨幣発行関連の2つの法律を公共貨幣法に移行すれば完了する。すなわち、現行の「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」及び「日本銀行法」を統廃合して新たに「日本国公共貨幣法」を制定するのである。詳細は第Ⅲ部で議論する。

この矢印変更の結果、驚くべきことに政府債務は徐々に減少しはじめ、下の図10・1で示した曲線3のようになる。曲線4は国債の償還期間を半分に繰り上げた場合のシミュレーションである。この場合、約1,000兆円ある現在の政府債務が、22世紀初頭には約84兆円にまでほぼ完済できるようになる。こんな簡単なことで現在の債務危機が救済できる。これまでに累積した国債残高は、償還時期が来れば公共貨幣ですべて買い取ればいい。ただそれだけで、平穏裡に借金は全部返済できる。

問題は、第7章で分析したのと同じような「財政の崖」がこの過程で出現し、経済の転落が始まらないかである。ここで使用した政府債務簡素SDモデルは、政府債務返済がマクロ経済全体に及ぼすフィードバック効果が分析できない簡単な構造となっているので、この問いには答えられない。そこで再び会計SDマクロ経済モデルの登場となる。

10・2 債務完済のシミュレーショ

図10・3は公共貨幣システムによる政府債務完済のシミュレーション結果である。曲線1は、ほぼ均衡状態の実質経済成長経路の背後でず10・1の曲線1と同様に、政府債務が増大するというモデル想定となっている。

曲線2は、(A)緊縮財政を実施した場合の政府債務であり、曲線3は(B)増税に伴う政府債務である。これら2曲線は、ず10・1の曲線2と同様に債務増加がストップする状態を表している。第7章では、こうした政策がいずれも「財政の崖」に経済を転落させるというシミュレーション結果を得た。

なお曲線4は、公共貨幣システムに移行した場合には、このモデルで仮定する経済でも政府債務が徐々に減少しはじめる状態を表している。緊縮財政や増税なしでも、公共貨幣システムに移行するだけで政府債務は完済できることを示している。償還期間をむかえた国債は政府が公共貨幣を発行して償還してゆけば、やがて国の借金は完済できる。ず10・1の曲線3または曲線4で得られたのと同様の債務減少状況が実現されることを示している。

公共貨幣システムでのこの債務削減は、第7章の図7・3(下の図)で観察したのと同じような債務貨幣システムにおける「財政の崖」と同様の問題を引き起こさないだろうか。

公共貨幣システムでのGDPの成長経路は、図7・3における曲線4が表している。それによると、実物経済における均衡経路を示している曲線1とほぼ同じような経路をたどっている、すなわち、ほぼ初期の均衡成長経路と一致していることが見てとれる。したがって、公共貨幣システムに移行して政府が公共貨幣で国債を償還しても、均衡成長経路はなんら妨げられないということになる。

以下、第7章で考察した「財政の崖」がGDPギャップ、失業増大、賃金率の大幅低下、デフレ、世界同時不況といった深刻な経済状況を引き起こすようなことがないかどうかを、第7章の図をそれぞれ参照しながら順次見てゆく。したがって以下の説明で用いる図の曲線番号は、すべて第7章の債務削減政策の図の番号に対応している。

GDPギャップ

図7・4で観察したように、債務削減政策によって曲線2や曲線3のようなGDPギャップが生じた。公共貨幣システムのもとで債務削減を行った場合のGDPは曲線4となるが、ほぼ均衡状態の曲線1からほとんど乖離せず、均衡状態が保たれているのが見てとれる。GDPがほぼ均衡成長経路をたどるのに対応している。

失業急増

図7・5の曲線2や曲線3は、債務削減政策による失業率の増大を示している。曲線4は、公共貨幣システムのもとでの債務削減を行った場合の失業率を表しているが、均衡状態の曲線1とほとんど乖離していない。すなわち、失業は発生しない。

賃金率大幅低下

図7・6の曲線2や3は、債務削減政策による賃金率の大幅低下を表している。曲線4は、公共貨幣システムのもとで債務削減を行った場合の賃金率を表している。最初の10年間はほぼ均衡状態の曲線1とほとんど乖離しない。その後は多少賃金率が均衡状態より下がり気味になるが、財政の崖のような賃金率の大幅低下はない。

デフレ

図7・7の曲線2や曲線3は、債務削減政策によるデフレの状態を示している。曲線4は、公共貨幣システムのもとで債務削減を行った場合の物価変動を表しているが、均衡状態の物価変動曲線1とほとんど乖離していない。すなわち、インフレやデフレは発生しない。

世界同時不況

図7・8の曲線2や曲線3は、債務削減政策が引き起こす世界同時不況の状態をGDPギャップを用いて表している。曲線4は、公共貨幣システムのもとで債務削減を行った場合の外国のGDPギャップを表しているが、均衡状態にある外国のGDPギャップの曲線1からほとんど乖離していない。他人に迷惑をかけないということが日本文化の基本であれば、この公共貨幣システムによる債務完済政策はまさに諸外国に迷惑をかけないで一国の責任で実施できる経済政策となる。

こうした観察から、公共貨幣システムのもとでの政府債務の返済は、「財政の崖」による不況、失業、賃下げ、インフレそして世界同時不況も引き起こすことなく可能となるということが示された。驚きの分析結果である。実物経済を混乱に陥れることなく、債務貨幣システムのレバレッジ・ポイントによるシステム構造改革のみで債務問題が解決できることが判明した。このような理想的な債務危機回避の処方箋があるのである。

10・3 債務完済でインフレにならないの?

このようにシミュレーションではインフレが生じないという結果が得られるのであるが、実際問題として政府がお金を刷って国債と交換すれば市中にお金があふれかえって、インフレになるのではないか。

公共貨幣システムによる政府債務の完済はインフレを引き起こさないということを、日本経済の現状に即して考察しておこう。

資金循環表(2014年6月)より、国債発行残高は745兆円であり、そのうち主な国債保有者は

日銀=170兆円

銀行(預金取り扱い機関)=286兆円

保険・年金基金=227兆円

である。そこでこれら大口の国債保有者から、政府が国債を公共貨幣で一気に買い戻すとしよう。まず日銀の保有額170兆円であるが、第Ⅲ部の公共貨幣システムへの移行のところで詳細するが、移行後の日銀は「公共貨幣庫」と衣替えして政府の金庫となる。よって、日銀のこの170兆円の国債資産は、公共貨幣庫の公共貨幣資産に変換されるだけで市中に流通しない。

次に銀行保有の国債286兆円である。2014年8月現在、銀行の要求払預金は493.6兆円であり、日銀当座預金は152.1兆円である。この差額の341.5兆円であるが、公共貨幣システムへの移行後の銀行はこれと同額を要求払預金の100%準備金としてその保管が義務付けられる。その過渡的準備金対策として、銀行保有の国債をその100%準備金と見なしても良いとする(いわゆるナローバンキングと同様の処置)。

(注:ナローバンキングとは、ブルッキングス研究所のロバート・ライタンが1986年に提案した。金融機関の経営破綻が続くなかで、金融規制緩和が政策課題になっていた状況で、預金保険の適用を受けている預金部門と、貸付部門とを分離し、預金で集めた資金の運用は財務省証券など安全な資産に限定する一方、貸付部門については市場からの資金調達を行わせる。両部門を分離させた金融持株会社の子会社については、分野規制を解除するというものである。)

そこで、政府が公共貨幣で買い戻した286兆円は、そのまま銀行の100%準備金の資産として塩漬けとなり、市中に出回ることはない。勿論、100%準備金にはあと55.5兆円不足するが、この不足分は公共貨幣庫が一時的に無利子で貸与し、貸出の返済金から銀行が徐々に返済してゆくようになる。

最後に残るのが、保険・年金基金保有の国債227兆円である。政府がこれを買い戻すと、227兆円の現金が保険・年金基金の手元に残る。もともとこのお金は消費者が保険を購入して保険・年金基金に支払ったお金であり、本来であれば、消費者が定期預金したであろう余剰金である。保険会社はこれを金融投資のポートフォリオとして、国債に投資していた額である。国債への投資機会がなくなれば、保険・年金基金は他の金融商品へのポートフォリオを考えざるを得なくなる。株式、証券あるいは不動産である。しかしながらこれらの金融商品は、既発のものであれば、ゼロサムゲームとなり、保険・年金基金総体では魅力ある金融商品とはならない。よって、この227兆円はいずれ証券会社を通して新規株式や証券に回り、企業の投資活動を支えることになる。あるいは投資リスクを避ける保険・年金基金は、銀行に定期預金として預金し、国債に代わる安定的な金利収入を確保するようになる。

このようにして、745兆円の国債が一気に買い戻されたとしても、マネーストックの増加として市中に出回るのはわずかその30%の227兆円にすぎない。もしこのお金が一度に市中に出回れば、確かにインフレの可能性はある。しかしながら、保険・年金基金保有の国債は一気に買い戻す必要はなく、国債の償還期間がきたものから順次買い戻してゆけばいい。そうすることによって、もし償還期間が平均7年とすれば、毎年約30兆円が市中に余分に出回るだけである。しかもこのマネーは、確実に実物経済を活性化させ、気がつけばいつしか200兆円以上のGDPの増加をもたらす効果を持つ。日本経済の実力からすれば、「失われた20年」を取り返す千載一遇のチャンスでもあり、インフレを引き起こすことはありえない。万一、インフレ気味となれば、政府は後述する公共貨幣政策で、直ちに余分なマネーを以上から一気に引き上げることもできる。

10・4 万能薬ではないが・・・

公共貨幣システムは経済のすべての病気に対処できる万能薬ではない。このことはフィッシャー自身も著書の中で読者に次のように警告している。

「100%準備システムはビジネスの変動を抑えることはできるが、すべて取り除けるものではない。・・・ましてや100%準備システムは国家の病気を全て治せる万能薬でもない。あらゆる労働問題、独占の問題、富の分配の問題やその他多くの問題を解決できるものでもない。しかしながら、おそらく倒産、失業、不況の最も広範な原因を除去できるであろう。」

10・5 公共貨幣政策

それでは公共貨幣システムで不況やデフレが発生すれば、どのように対処できるのであろうか。

不況(GDPギャップ)を克服するためには公共貨幣を20年間継続して流通に投入する。この貨幣の流通への投入は、不況対策の財政支出として行われる。

これとは逆に、インフレの場合にはどうすれば良いのか。その場合には増税で公共貨幣を流通から引き上げれば良い。財政政策を通して流通貨幣量を調整する。このように政府支出の増減によって公共貨幣の流通量を有効にコントロールすることができるようになるので、不況・インフレ対策は非常に有効に機能する。これが公共貨幣システムにおける公共貨幣政策の基本となる。

これに反し、現在の債務貨幣システムでは、伝統的なケインズ経済学による財政・金融政策による不況対策が基本となるが、すでに第Ⅰ部で考察したように、債務危機による制約を受けて財政出動は思うようにできない。他方、金融政策はゼロ金利の流動性の罠にはまり込み効力を失い、最後の頼みの金融緩和策(QE)もマネタリーベースを増やすもののそれがマネーストックの増大や実物経済の有効需要増大につながらない。すなわち、現行の債務貨幣システムのもとでは、中央銀行はマネタリーベースはコントロールできてもマネーストックはコントロールできないのである。まさに、八方塞がりの状態(デット・エンド)に陥っており、頻発する金融危機、債務危機に対してケインズ政策はもはや、全く無力となっている。これに反し、公共貨幣システムではマネタリーベース=マネーストックとなり、公共貨幣の流通量を財政政策で自由にコントロールできるようになる。したがって、不況・インフレ対策は非常に有効に機能するようになる。


今回は以上です。

次回は、「公共貨幣で輝く未来」という話題をを勉強していこうと思います。