貨幣は公共財ではないの?(連載12)

第12回目は、「債務危機はどうしたら回避できるのか」という話題です。

教科書はNPO法人日本未来研究センター理事長山口薫さんの著作

『公共貨幣』「第7章 債務貨幣システムはデット・エンドだ」です。

7・1 債務危機回避のシミュレーション

2008年9月のリーマンショック(第二次世界大恐慌)以後、欧米諸国は大不況に見舞われ、政府は大幅な財政出動を余儀なくされた。その結果、前章で見たような債務危機に多くの国が現在直面している。政府の借金が増大し続ければ、いずれ世界経済は破局に向かうのは必至だ。それでは、現行の債務貨幣システムのもとでこうした債務危機を解決する方策はあるのだろうか。

2008年の前半に、幸いにも2003年頃から開発に着手し始めた会計システムダイナミックスというまったく新しい方法に立脚したマクロ経済モデルが完成した(方程式933本)。そのマクロ経済モデルは、以下のような3つの大きな特徴を持っている。

会計システムダイナミックス

会計システムはいうまでもなく複式簿記という社会科学に於けるもっとも体系的に完成された基礎理論である。一方システムダイナミックスは、自然科学における動学基礎理論である微分方程式をコンピュータで数値解法するする方法論である。こうした社会科学と自然科学の盤石な基礎となっている理論と方法論を合体させる統合的なモデリング分析手法を思いつき、それを会計システムダイナミックス原理(Principle of Accounting System Dynamics)として体系化した。今後はこのモデルを会計SDマクロ経済モデルと呼ぶことにする。

マネーが経済の中心に鎮座

新古典派の一般均衡モデルではマネーは中立的であるとして分析から排除され、またその対立軸として構築されたケインズ経済学でも、マネーは常に外生的に与えられるような付随的な役割しか担わされていない。それに対して、会計SDマクロ経済モデルでは、マネーが経済システムで内生的に創造されたり破壊されたりし、マネーがないと経済取引が成立しないというごく常識的なモデリングが可能となる。マネーが経済活動に付随的にしか機能しない伝統的なアプローチでは得られなかった貨幣経済のダイナミズムの分析ができるようになる。すなわち、現行のマクロ経済を債務貨幣システムとしてとらえ、その内生的マネーのシステム構造が不況、失業、債務危機等をもたらすことが分析できるようになる。

不均衡動学分析 

会計SDマクロ経済モデルは、不均衡分析を前提とはしているが、新古典派の一般均衡(需要と供給の市場均衡を前提)をも内包できるより包括的な構造になっている。

2008年夏に完成した会計SDマクロ経済モデルを、債務危機という観点眺め直した。新たなスタートラインに立った思いで、この債務危機問題のシミュレーション分析に着手し、その研究成果を国際システム学会や、シカゴでの貨幣改革国際会議で矢継ぎ早に報告した。ここではそうした研究成果に基づいて議論を展開してゆく。特に2011年の第29回システムダイナミックス学会で報告した「オープン・マクロ経済における公共貨幣システムの茶道について——米国貨幣法の完成モデリング」の研究成果を中心に説明してゆく。

7・2 債務増大はストップできるが

債務残高を減らす方法は、第6章ですでに分析したように、プライマリーバランスを黒字にするしかない。しかしながら、現行の債務貨幣システムのもとでの債務の完済は、マネーストックを事実上消滅させ、経済活動を崩壊させるので実践できない。そこで現行システムのもとでの債務危機回避とは、債務のこれ以上の増大を止める(または多少減少)させるという中途半端な、綱渡り的な解決策しかない。すなわち、前章で考察したように、理論上はプライマリーバランスを黒字にして、それで利息分を賄うしか方策はない。具体的には、歳出を削減して緊縮財政予算を実践するか、増税しかない。そこで以下の2つの政策に分けてシミュレーションを実施する。

(A)歳出削減:歳出を10%削減する緊縮財政

(B)増税:消費税を5%引き上げて10%とし、増えた税収の8.5%を削減

 7・2・1 歳出を10%削減(A案)

まず歳出を10%削減するする緊縮財政から始める。

このシミュレーションの前提条件

前提条件1:用いる数値は、特定の国のデータを想定したものではなく、あくまでも一般的なモデルにおける仮想数値データである。

前提条件2:この経済の初期状態はほぼ一般均衡状態で持続的に成長しておりGDPギャップは存在しないし、財政収支も均衡してプライマリーバランスがゼロとなっていると想定する。プライマリーバランスが均衡でも政府の債務は指数的に増大していると想定する。

ケインズ政策のエッセンスは、政府は借金をしてでも財政出動で経済を刺激すれば有効需要を創出でき、不況は克服できるというものだが、その背後で借金が積み上がっているということを分析できなかったのが最大の欠点である。その意味で、ここでのモデル想定はケイジアンのマクロモデルの欠陥を補うものである。

図7・1はこうした想定のもとで、10%の歳出削減をした場合債務残高のシミュレーション結果である。

曲線4(右肩上がりの線)はプライマリーバランスが均衡していても、政府債務は増大していることを示している。

曲線1は税収を表している。

曲線2は6年目に歳出を10%削減して緊縮財政を実施した場合の歳出を表している。

この曲線1と2の差額がプライマリーバランスの黒字となり、これを債務返済に充てた結果、曲線3の債務残高がストップしたことを示している。

このように、歳出削減をしてできるだけ支出を抑え、余った予算分を借金の返済に充てれば、借金の増加は止められるというシミュレーション結果が得られた。

 7・2・2 消費税を5%から10%に引き上げ(B案)

図7・2は消費税を5%から10%に引き上げた場合のシミュレーション結果である。

曲線4(右肩上がりの線)はプライマリーバランスが均衡していても、政府債務は増大していることを示している。

曲線1は、消費税引き上げで税収が増加したことを示している。

曲線2は増税で増加した税収からその8.5%を減らした場合の歳出を示している。

この曲線1と2の差額がプライマリーバランスの黒字となり、これを債務返済に充てた結果、曲線3のように債務残高がストップし、その後漸減し始めるようになることを示している。

このように、増税で税収を増やしてもそれを借金返済に充てれば、借金の増加は止められるというシミュレーション結果が得られた。


以上、歳出削減や増税でプライマリーバランスを黒字にして、その黒字分を債務返済に充てれば、いずれの政策でも政府債務の増大がストップできるというシミュレーション結果が得られた。しかし、問題は政府が債務削減政策に追い込まれ、こうした歳出削減や増税を行なったとすれば、それがマクロ経済活動全体にどのような影響を及ぼすのかである。

それでは、会計SDマクロ経済モデルを用いたシミュレーション分析に取り掛かろう。

7・3  「財政の崖」から転落する 

図7・3は債務削減政策の実施に伴う実質GDPの成長経路を示している。6年目に、以下に示すそれぞれの財政政策を実施するものとする。

曲線1は、ほぼ均衡状態の実質経済成長経路を表しているが、すでに上述したようにこの背後で、政府債務が増大するという想定になっている。

曲線2は、(A)緊縮財政を実施した場合の成長経路である。

曲線3は、(B)増税に伴う成長経路である。

曲線4は、第II部で説明する公共貨幣システムに移行した場合の成長経路であるが、ここでは無視する。

この図から明らかなように、現行の債務貨幣システムのもとでは(A)歳出削減、(B)増税のいずれの政策を実施しても、債務を現状レベルでストップさせようとする財政政策は、経済の長期不況をもたらすことになる。

このシミュレーション結果は、債務危機回避の財政政策が経済をベン・バーナンキのいう「財政の崖」から転落させるということを示している。

図7・4は、このGDPの下落を、GDPギャップを用いて図示したものである。GDPギャップは以下のようにして求められる。

GDPギャップ:(潜在GDP−GDP)/潜在GDP

これによるとGDPギャップは、財政政策を導入した翌年の7年目で、均衡状態で 0.3%、歳出削減で3.9%、増税で2.2%となる。同年の均衡状態と比較すると、GDPギャップは歳出削減で13倍(=3.9/0.3)、増税で約7倍(=2.2/0.3)に急増する。

さらに10年目では、均衡状態で 0.24%、歳出削減で1.3%、増税で3.47%となる。同年の均衡状態と比較すると、GDPギャップは歳出削減で5.4倍(=1.3/0.24)、増税で14.4倍(=3.47/0.24)の増大となる。

このように緊縮財政は、非常に悲惨な不況をもたらすことがシミュレーション分析から得られた。

債務危機に追い込まれたギリシャは、EUから緊縮財政、削減政策を強要され、その結果、国民は想像を絶する経済状態に追い込まれた。

以下、経済が「財政の崖」から転落する様子を、関連する他の経済変数を用いてシミュレーション検証していく。

図7・5は、失業率のシミュレーション結果である。

この図から明らかなように、失業率は一気に跳ね上がる。すなわち失業率は、財政政策を導入した翌年の7年目で、均衡状態での失業率は0.5%、歳出削減で4.8%、増税で4.4%となる。同年の均衡状態と比較すると、失業率は歳出削減で9.6倍(=4.8/0.5)、増税で8.8倍(=4.4/0.5)と急増する。

さらに、増税による失業率が最大となる10年目では、均衡状態での失業率は0.04%とほとんど完全雇用に近くなるが、歳出削減で0.8%、増税で6.6%となる。同年の均衡状態と比較すると、分母が非常に小さいので失業率は、歳出削減で20倍(=0.8/0.04)、増税で165倍(=6.6/0.04)となる。

図7・6は、賃金率のシミュレーションである。債務削減政策の結果、賃金率も大幅に低下する。特に、消費増税による賃金率下落がひどい。すなわち賃金率がいちばん下落する15年目で見ると、均衡状態での賃金率に比較すると、歳出削減で−3.6%、増税で−9.5%と下落する。

さらに図7・7からは、物価が下落し、激しいデフレに見舞われることが観察される。すなわちインフレ率がいちばん下落する債務削減政策実施の翌年の7年目で見ると、均衡状態でのインフレ率に比較して、歳出削減で6倍、増税で2.3倍に下落する。

図7・8は海外におけるGDPギャップの図である。こうした債務削減政策は、いずれも国内経済を不況に追いやるのみではなく、世界同時不況をもたらすことになるということを示している。ギリシャの債務危機がヨーロッパのみならず、米国やアジアにもその影響を与えたという不況の連鎖の記憶は新しい。これによると海外のGDPギャップは、財政政策を導入した翌年の7年目ではなく、歳出削減による不況の影響が11年目と5年後に出ており、その後4〜5年周期で現れてくるのが見てとれる。増税による不況の影響も12年目がピークで、その後4〜5年周期で出てきている。このシミュレーション分析から定性的に観察できるのは、海外への「財政の崖」の影響は国内よりも数年遅れで現れてくるということである。

以上の分析により、債務削減政策を実施すれば、債務の増大は何とか止められることになるが、それに伴い、「財政の崖」が出現して経済が一気に転落し、長期不況に陥ることになることが判明した。さらに、債務削減政策の実施の当事国のみではなく、海外にもそうした「財政の崖」の経済不況を伝染させることもわかった。これが現行の債務貨幣システムのもとで、債務問題を解決しようとした場合のシミュレーション分析による帰結である。

債務危機に直面して、政府が何もしなければ政府がデフォルトで滅び、政府がその危機を回避しようとすれば、国が不況で滅ぶ。まさに、債務貨幣システムは袋小路(Dead-end)に陥ってしまった。前章でも指摘したように、現行の債務貨幣システムはまさに「行きも地獄、帰りも地獄」といったような矛盾を抱えている欠陥デザインなのである。

7・4  泣きっ面に蜂 

さらに皮肉なことではあるが、政府債務削減のための緊縮財政や増税政策が、逆に税収を減少させることも判明した。図7・9は緊縮財政による税収のシミュレーション結果である。

曲線1が均衡状態の時の税収

曲線2が緊縮財政を実施したときの税収である。明白に税収が落ち込んでいることを示している。まさに「泣きっ面に蜂」である。

図7・10は、増税をして財政健全化を目指した場合のシミュレーション結果である。

曲線1は、消費税を10%にした場合の税収

曲線2は、その税収をもとに財政健全化と実施したために税収が減少となることを示している。

まとめると、債務増大を阻止するために歳出削減を行うと、逆に税収が減少し、債務増大を招く。そこで増税を行い、債務増大を阻止しようとすると、経済は不況に突入し、その結果、税収は減少し、さらなる債務増大を招く。こうした逆行の矛盾が、直感ではなく、シミュレーション結果から導き出された。

債務増大を減らすための政策が、逆に債務を増やす。財政健全化政策が、逆に財政を不健全化する。こんな矛盾はない。これは財政健全化の「わな」である。

図7・11の税収・歳出危機の因果ループ図を用いれば、財政赤字削減政策がかえって財政赤字を増大させるという2つのバランシング(平衡)ループの存在が浮かび上がってくるのが確認できる。1つは、税収危機のループであり、他の1つは、歳出危機のループである。すなわち、以下のように最初の削減効果が打ち消されることになる。

税収危機ループ=財政赤字削減→歳出削減、増税→不況→税収減→財政赤字増大

歳出危機ループ=財政赤字削減→歳出削減、増税→不況→救済・景気刺激→財政支出の増大→財政赤字増大

まさに債務貨幣システムのもとでの現行マクロ経済システムは、袋小路のデッド・エンドに迷い込み、デット・エンド(借金地獄でTHE END)となる危機的局面をはらんでいる。換言すれば、現在のマクロ経済が債務貨幣システムのもとで運行される限り、債務危機回避の解決策はない。債務貨幣システムのシステムデザイン自体に欠陥があるからである。したがって、この本質的なシステムデザインの欠陥を指摘しない経済学者のいかなる処方箋も債務危機の本質的問題解決の処方箋とはなり得ない。

これが会計SD経済モデルを構築して、シミュレーション分析した結果得られた結論である。本書の第Ⅰ部でたどり着いた結論である。

今回は以上です。

次回は、いよいよ 希望の貨幣システム 第II部 公共貨幣システム「第8章 シカゴプラン(貨幣改革)とは何か」ということについて勉強していこうと思います。