中央銀行とトランプのバブル延命、その後出てくる仮想通貨

これは国際ニュース解説で定評のある田中宇さんの会員専用の記事です。地域主権の通貨発行は可能か、という問題を考えるとき、非常に示唆に富んだ記事なので、会員専用の記事ですが、掲載させていただきます。仮想通貨というと、投機対象となってしまったビットコインなどが有名ですが、それとは全く別物の仮想通貨の話題など、愚かな日本政府と心中したくない人には有益な内容を含んでいます。


2017年10月5日   田中 宇

 9月14日、カナダの中央銀行が討論会(ワークショップ)を開き、これまで中央銀行の最大の任務が、インフレ率(CPI)を最適値の2%にするよう金利を調整することだったのを改め、インフレでなく別の分野の指標(たとえば金融市場がバブルになっていないかどうか)を、金利調整の目的にすべきでないか、という議論を展開した。 (Bank of Canada open to alternatives to inflation target: Wilkins) インフレを2%にするために金利を調整することは、米連銀や日銀を含む、世界の多くの中央銀行が、任務として掲げてきた。インフレが2%よりはるかに低いことを口実として、米連銀や日銀などは、金利をゼロやマイナスにしたり、通貨を大増刷するQEをやってきた。中銀群がQEやゼロ金利の政策を行った真の理由は、リーマン危機後の債券金融市場が機能不全なままで、金融危機が再燃しかねない状態なのを、巨額資金の投入で延命させるためだったが、それは非常に不健全な政策なので、中銀群としては公言できなかった。それで、代わりに「低すぎるインフレ率を改善するため」「経済成長をテコ入れするため」という口実で、QEやゼロ金利策をやってきた。 (米金融覇権の粉飾と限界)(中央銀行が増刷すると、以前ならインフレがひどくなったが、実体経済と別の存在として90年代以降債券金融システムが急拡大した後の今は、QEで中銀が作った巨額資金は債券金融システムの側にとどまって実体経済の方に出て行かないので、インフレにならない。QEは、金融界や投資家だけに利得を与え、実体経済のみで生きている中産階級や貧困層に恩恵を与えない) (官製ネズミ講と化した金融市場


 QEをしばらく続けると、中央銀行の資産(バランスシート、勘定)が不健全に肥大化してしまう。ゼロ金利は銀行の利ざやを失わせて経営難に陥らせる。株や債券の金融相場は上がり続けるが、バブル膨張がひどくなる。そのため15年以降、米連銀は、QEとゼロ金利を日本とEUの中銀に肩代わりさせ、自らはQEをやめて利上げに転じ、今秋からは資産の売却(勘定の縮小·健全化)も開始する。日欧の中銀は、自らを不健全にするQEやゼロ金利を続けているが、目ざといアングロサクソンのカナダや英国は、米国に追随し、最近相次いで利上げし始めている。カナダ中銀は9月に利上げした。 (The Bank of Canada surprises with a rate hike) (米連銀の健全化計画にひそむ危険性


 米連銀は、失業率が下がっている(実は粉飾だが)ので、インフレ率がいずれ2%まで上がりそうだという屁理屈的な見通しを言いつつ、QEをやめて利上げに転じたが、その後、インフレは1%台前半から上がらなかった。先進諸国の全体で、低インフレが続いている。カナダ中銀が利上げした際、内外から、インフレがひどくならないのなら利上げすべきでない(利上げは景気を阻害する)のに、なぜ利上げするのかという批判が発せられた。 (As they unwind QE, central banks must come clean about inflation) (米雇用統計の粉飾


 カナダ中銀が討論会を開き、中央銀行の金利政策を決める大きな要素としてインフレ以外の指標を使うことを検討すべきだと言い出したのは、このような背景からだった。インフレに代わる、金利調整の目標として、金融市場のバブル膨張を防ぐことが提案された。リーマン危機後の金融市場の延命という、不健全な目的のQEやゼロ金利策をやめるのが利上げの目的だと正直に言ってしまうと、QEやゼロ金利が腐敗した政策であることがバレてしまうので、正直に言えない。インフレに代わる新目標も、正直に言わずに済ませるためのものでしかない。だが、中銀群が自らの最大任務を、インフレ抑止以外のものに変えることは、百年余の近代中央銀行の歴史を塗り替えるもので、画期的だ。 (Yesterday's "Watershed" Central Bank Announcement Which Everybody Missed


 米連銀内でも、インフレになりそうだから利上げするという従来の意味づけをやめて、代わりに、金融市場を安定させるために利上げするという理屈に変えるべきだという議論が起きている。 (Fed Eyes Rates as Asset-Price Tool in Break With Hands-Off Past


 中銀がインフレ抑止を最重要任務から外すことは画期的だが、代わりの任務探しは迷走になる。代わりの任務として金融安定化が挙がっているが、中銀群自身がQEをやって金融を前代未聞のバブル状態にしてしまったことを考えると、これは噴飯物だ。 (Fed has no reliable theory of inflation, says Tarullo


 世界の金融市場は、QEやゼロ金利策によって、すでに前代未聞の巨大なバブルを抱えている。中銀群が努力しても、金融市場を安定させること、バブルを縮小して軟着陸させることは、おそらく無理だ。軟着陸できないなら、膨張させ続けるしかない(だから、連日のように株価が最高値を更新している)。膨張が止まると、わずかな衝撃でバブル崩壊が始まりかねない。バブルを膨張させ続けるには、どこかの中銀が不健全なQEやゼロ金利策をやり続けるしかない。中銀群は、金融を、安定化と正反対の方向に引っ張り続けている。 (QEやめたらバブル大崩壊


 米英カナダは健全化の過程に入っており、頼みの綱は日銀と欧州中銀だ。だが、QEを何年も続けることはできない。日欧も、いずれやめざるを得ない。すべての中銀がQEをやめて利上げに入ったら、リーマン危機以上のバブル大崩壊が必至だ。中銀群は、いったん健全化しても、バブルが崩壊し始めたら、それを食い止めるため、再び金利を下げ、QEを再開せねばならない。中銀群には、今のバブルを乗り越える策がない。万策尽きている。あとは、いつまでバブルを膨張させられるかだ。 ("The End Of The QE Trade": Why Bank of America Expects An Imminent Market Correction) (万策尽き始めた中央銀行


▼トランプと米連銀の戦略すり合わせとしての連銀議長人事


 万策尽きた中央銀行に代わり、このところ金融バブル膨張維持の助っ人として出てきたのがトランプ大統領だ。トランプは昨秋の当選から今春まで、インフラ整備や減税などの経済テコ入れ策の前評判によって、株や債券の高騰を後押しした。その後、議会との対立が解けず、インフラ整備も減税も遅延して危機感が高まったが、9月に入ってトランプは野党民主党との結託を強め、政府予算を通し、その勢いに乗って減税案も通そうとしている。トランプはまた、議会と組み、リーマン危機後に強化された金融機関に対する規制を撤廃し、金融機関に大胆·高リスクな投資を再び許可することで、金融バブルを煽ることもやっている。このことは、何度か記事にしている。 (トランプの経済政策でバブルの延命) (トランプの相場テコ入れ策


 米連銀では、来年2月にイエレン議長の任期が終わる(再任可)。大統領には、後任人事を決める権限があるので、トランプは、それを利用して連銀に金融規制の緩和·撤廃を飲ませようとしている。米国では金融規制に関して、民主党が規制強化、共和党が規制緩和の方針をとることが多い。イエレンは民主党支持者で、金融規制を緩和したくないと強く考えている。このためトランプは、イエレンの再任させず、金融規制の緩和に積極的な共和党支持のケビン·ウォーシュ(連銀元理事)かジェローム·パウエル(現理事)を選ぶのでないかと報じられている。 (For the next Fed chair, Trump seems keen on anybody but Yellen) (Yellen's exit would be good news for the dollar


 トランプが米連銀にやってほしいことは2点ある。一つは上記の金融規制の緩和撤廃に賛成して進めること、もう一つはQEをやめて利上げしていくのでなく、低金利やQEを維持することだ。2点とも、金融のバブルを破裂させずにしばらく延命させる効果があるが、連銀内には2点とも反対意見が強い。イエレンは、2点とも拒否しているので、その姿勢を変えない限り再任されない。トランプがイエレンの代わりに選びそうな2人のうち、パウエルは2点とも賛成している(彼はかつてバーナンキにQEをやるべきだと強く勧めた)。ウォーシュは、金融規制緩和を支持する一方で、早く利上げしていくべきだと考えている(彼は、QEの実施に最初から強く反対していた)。 (Kevin Warsh May Be the Next Fed Head: Let’s See What He Really Thinks) (Yields Slide As Market Smells A Squeeze On Powell Fed Chair Chatter


 2点の要求に対する連銀内の抵抗が強い場合、トランプは連銀に対し、利上げ(QE離脱)を進めていくことを許す代わりに、規制緩和だけはやってくれと言って連銀の理事たちと交渉し、2点のうち1点に要求を絞るかもしれない。この場合、ウォーシュが次の議長になる。連銀内の抵抗が弱い場合は、パウエルがなる。そんな人選の構図になっていると考えられる。WSJが、似た感じの記事を出している。 (Donald Trump’s Fed Choice: Continuity or Disruption


 イエレンは9月26日、失業の減少や経済成長について、統計で示されているよりも実態が悪いので、インフレにならなかったのかもしれない、と発言し、経済が良くなっていないのに、良くなっていると自分たち連銀が見誤った可能性があると初めて認めた。この発言は、12月に予定していた追加の利上げを見送り、トランプが求める低金利の維持を実現することで、自分の再任を狙っているとも読み取れる。私から見ると、経済が良くなっていないのに、良くなっていると(わざと)見誤り、それを口実に(本当はQEの不健全性から脱するために)利上げしてきたことを、ようやく連銀自身が認めたことになる。 (Yellen: Fed may have 'misjudged' inflation, keeping rates lower


 トランプの経済政策が進んでいる間は、金融相場の上昇が続くだろう。だが、議会共和党には、トランプの減税案が米政府の財政赤字を増やすので承認できないと言っている勢力がおり、減税案が議会を通らない可能性がある。減税案が不発に終わると、また金融相場が不安定になる。 (The GOP Tax Plan Is Already Hitting Speed Bumps


 世界でQEを最後まで続けるのは日銀だ。日本では、2年間のQEによって、銀行の収益の柱である融資と預金の金利差·利ざやがほとんどない状態が続き、地方銀行の半数以上で本業部門が赤字のまま、体力がどんどん低下して危険な状態だ。そんな状態なのに、日銀は、QEをまだ続ける姿勢をとっている。日銀の政策委員には、QEに反対していた2人が外され、代わりに、むしろQEを拡大すべきだと主張する売国奴(自滅しても対米従属)が新たに入れられている。 (Over half of Japan's regional banks losing money on core businesses) (Bank of Japan Sticks With Easy Money Settings


 日本と対照的に米国はQEをやめて利上げしているが、それでも米国の銀行をめぐる状況は改善しにくい。QEの時代には、銀行の協力で低金利で社債を発行し、その資金を預金してくれる企業がたくさんあったが、QE終了と利上げは、そうした仕掛けを消失させた。銀行は預金が集まらなくなり、こちらも本業で苦戦している。 (Fed’s QE unwind threatens to unleash US bank competition


▼中銀群とトランプが維持するバブルが崩れていくと、安定した仮想通貨が代わりの通貨制度の一つとして出てくる


 IMFのラガルド専務理事は最近の講演で「ビットコインのような、独自の価値(為替)を持ち、決済センターなしに支払者と受け取り者の間で直接決済される仮想通貨(cryptcurrency)は、今のところ為替が非常に不安定で使い物にならないが、いずれ問題が解決されて日常的な決済·貯蓄の道具として普及していくと、それは銀行業をすたれさせることになる。仮想通貨なんか普及しないと豪語している人が多いが、かつて多くの人がパソコンなんか普及しないと豪語していたことを思い出してほしい。仮想通貨もいずれ普及する」と述べている。IMF Head Foresees The End Of Banking As Bitcoin Surges Above $4400


 ラガルドはまた「仮想通貨が実用的になると、世界各地の貧しい国々が、自国の通貨として、その仮想通貨を採用するようになる。貧しい諸国は、独自の通貨を持つと費用がかさむため、これまでは米ドルを自国の通貨として使いたがったが、米ドルより仮想通貨の方が(米国との交渉も不要で、物理的な紙幣の流通も要らず)簡単に導入できる(全国民にスマホを持たせるか、全国津々浦々の店先でペーパーウォレットを印字できる仕組みは必要)。仮想通貨はドル(=基軸通貨。dollarization 2.0)になりうる」という趣旨も述べている。仮想通貨は、民間の銀行業界だけでなく、中央銀行群やドルの基軸性までをもすたれさせる、ということだ。


 ラガルドは、仮想通貨の価値(為替)を安定せるための例として「透明度と信頼性が高い機関が、ドルまたは、主要諸通貨のバスケットと等価の新たな仮想通貨を創設する」ことを挙げている。ドルと等価の仮想通貨の発行は非現実的だ。発行には米財務省の認可が必要で、ドルの基軸性を崩されたくない米政府は認可しない。もう一方の主要諸通貨のバスケットなら、IMF自身が(ドル崩壊後を想定した基軸通貨の予備軍として)SDRを持っており、実現可能だ。IMF世銀の関連機関が、貧しい国々が安定した通貨を持てるようにするとの大義名分で、SDR建ての仮想通貨を創設する、といったシナリオがありうる。その手のものが出現すると、ドルも中央銀行システムも金融界も、存在意義が低下し、バブル崩壊が早まる。だから、今はまだSDR建ての仮想通貨は作られない。しかし、ラガルドがその手のことを語り出し、転換が時間の問題になってきている。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序


 今のところ、仮想通貨というとビットコインのような不透明なアングラ民間の創造物しかない。それでも、仮想通貨の革命的な可能性が喧伝され出すのと同時に、ビットコインの相場が乱高下し続け、ビットコインは貯蓄·決済機能として使い物にならなくなっている。誰がビットコインに巨額資金を入れたり出したりし続けて乱高下させているのか。最大の容疑者は、ラガルドが語ったような仮想通貨の基軸化·基軸通貨の仮想化によって存在感を消失する民間金融界と中央銀行の息のかかった勢力だろう。GSやJPモルガンなどは、近年さかんに仮想通貨を研究している(SDRが仮想通貨になる時は、GSやJPMはそこにも協力するだろうが)。


 仮想通貨=ビットコイン、ではない。ビットコインは、分散型のすぐれた決済承認機能を持つが、決済手数料の分配方法が不透明だ。決済承認のサーバーを動かす(=マイニングに参加する)無数の人々に、決済手数料が支払われているのは確かだが、そのほかに、ビットコインの創設者たちが手数料の一部を受け取っている。この部分が不透明だ。創設者たちは、自国の政府から税金を取られぬよう、不透明なシステムにしている。ビットコインのようなアングラ民間体制でなく、ラガルドが言うような、透明度と信頼性の高い、堂々と免税される公的な機関が、仮想通貨を発行する必要がある。


 中央銀行群とトランプが、QEや規制破壊によってバブルを維持している間は、安定した仮想通貨が出てこないだろう。だが、いずれこのバブルが崩壊していくと、その流れの中で、ドルに代わるいくつかの基軸通貨の仕組みの一つとして、安定した仮想通貨が立ち上がってくると予測できる。


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